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此処★(1/9)

「すみません、この議事録、まとめて一斉メールして貰って良いですか?」
手書きの書類を部署の女性に手渡すと、彼女は明らかに不快感を顔に出しながら、それを受け取る。
「いつまでやれば良いですか?今、立て込んでるんで」
「出来れば夕方までに・・・」
「は~い、分かりました」
俺と目も合わせようとせず紙束を机の隅に置いた彼女は、また自分のパソコンの方へ身体を向ける。
ムカつかない訳は無い。
それでも部署では俺が一番年下で、女たちが醸し出す雰囲気に抗える訳も無く
負けを認めながら、自席へ戻る。

「何の作業?」
「議事録だって。めんどくさ。自分でやれば良いのにね」
彼女のPCの画面には、文書作成や表計算ソフトのウインドウが立ち上がっているものの
それらが有効に使われていないことは明らかだった。
裏で立ちあがっているインターネットブラウザでダラダラと時間を潰しているのも知っている。
「まだ新人同然なんだから、残業買って出るくらいじゃないと」
「要領悪いんじゃないの?」
「冴えない奴」
女性だけで固められた島の一角が、そんな話題で盛り上がっていく。
残業だってしてる、如何に要領よく仕事を進められるか、少なくともお前らより考えてる。
鬱々とした気持ちを飲み込む度に、心が少しずつ削られるようだった。


「国枝君、彼女とかいるの?」
入社当初から風当たりが強かった訳じゃない。
この部署に配属されて一年ほど経った、花見の夜。
「良かったら、付き合ってくれない?」
偶然帰り道が一緒になった女性の先輩に、突然告白を受けた。
彼女を含めた少人数で飲みに行くことはあったが、二人で何かということは無く
明確なアプローチも、気が付かなかっただけかも知れないが、無かったように思う。
面倒見も良く、女性陣の中ではリーダー的な存在。
交際相手として申し分ない女であったことは確かだろう。

立ち止まった彼女が俺の手を取る。
春の夜の空気を纏う姿が、妙に、怖かった。
「・・・急がないから」
言葉とは裏腹の、何かを待ち侘びるような眼に思考が乱れる。
けれど、どんなに女が焦がれようと、その想いを受け容れる器を、俺は持っていなかった。
「いや、あの・・・俺」
「突然で、混乱しちゃった?」
軽く引き寄せられる腕が緊張で痺れる。
気の利いた言葉は、何一つ浮かばなかった。
「すみません・・・俺、ホントに・・・すみません」
謝罪の言葉を繰り返しながら考えていたのは、ここから逃げ出したい、それだけだった。

この歳になるまで、明確な恋愛経験は一回だけ。
ただ、一方的に想いを寄せられることは幾度もあった。
確かに顔は悪くないと自分でも思っているものの
言い寄ってくる女たちは、その心の中までを勘案することはしない。
"顔は良いのに冴えない男"
翌日から、俺にはそんなあだ名が付いたらしい。
女には興味が無い、恋愛感情も抱けない、勢いだけのセックスも無理。
絶対に口に出来ない現実が、ただでさえ卑屈な性格を更に悪化させていく。


「またやってんのか、あいつら。よっぽど暇なんだな」
向かいの席に座る折原さんが、視線の向こうへストレートな嫌味をぶつける。
「やっぱ、自分でやった方が・・・」
彼女たちの態度が豹変してからしばらくは、いつもならお願いしていた雑務を全て自分でやっていた。
どう声を掛けていいのか、分からなかったからだ。
「ダメダメ。遊ばせとく余裕なんか無いんだから、任せられることはちゃんとやらせろよ」
「でも・・・」
「このままだと、ずっとナメられっぱなしだぞ?」

事の顛末は、彼女が部署中に触れ回ったせいで、殆どの人間が知っている。
単なる逆恨みに呆れている社員が大半とはいえ、居た堪れなさは変わらなかった。
「大丈夫、お前は仕事も出来るし、顔も良いんだから、挽回のチャンスなんか幾らでもある」
先輩なりの、慰めの言葉なのだろう。
実際、彼は俺が来る前から、女性陣には冴えない男として揶揄され続けているらしい。
「オレの顔でも見て、安心しとけ」
そんなことを気にする様子も見せず、愛嬌のある表情をしながら、そう笑ってくれた。


折原さんとは自宅の最寄り駅が同じということで、仕事以外でも色々と付き合って貰っている。
大卒で上京してきて、殆ど知り合いがいない俺と
姉妹に囲まれた女系家族で、弟が欲しかったと今でも嘆く彼とは、それなりに気も合う。
互いに活動的な方でも無いので、大抵は彼の家で飲むか、ゲームをするか。
傍から見れば生産性の無い時間なのかも知れないが
俺にとっては仕事の様々なストレスを解消する、唯一の場になっていた。

ただ一つ、彼の態度の中で引っかかっている点がある。
「顔の良い奴には、わかんねーんだよ」
何かちょっと意見が食い違うと、先輩はそう言って俺の言動を一蹴することが多い。
誰にでも多少のコンプレックスはあるだろうが、彼のそれは、少し極端に思えた。
俺から見れば、顔は十分イケている。
伏し目がちな時が多いことと、若干姿勢が悪いことと
髪が薄くなっていることを気にしているのか、常に長めの前髪が印象を悪くしているだけ。
「もうすぐ夏なんだから、たまには髪、バッサリいったら良いのに」
「何したって無駄だよ。お前は・・・」
「あー、その言葉、聞き飽きました」
多分、ひた隠しにしている彼への想いが補正を掛けているのかも知れないが
彼の自虐の言葉を聞く度に、その好意を否定されているように感じるのは確かだった。

□ 88_此処★ □
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□ 91_運命 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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