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浮橋(4/4)

あいにくの雨模様の朝。
混雑気味の電車に乗り込んできた友は、小さな袋を手渡してくる。
「ウチの会社のやつだから・・・気に入って貰えるか分からないけど」
「・・・何?」
「車両をかたどったストラップなんだ。良かったら、息子さんにって」
職務から離れた鉄道好きの素直な笑顔が、一瞬の混乱を呼び起こす。
「スペーシアみたいなのが好みだと、通勤型は興味無いかもなぁ」
愉しげに話す彼に、プレゼントを手にしたまま言葉が出なかった。

彼が独身であることは、話の端々に容易に窺えた。
俺は、別に隠すつもりも黙っているつもりもなかったけれど、何も話してはいなかった。
邂逅の時の状況から、彼は彼で、一つの結論に達していたのかも知れない。
「・・・ごめん、あの子、俺の子供じゃないんだ」
やっと絞り出した台詞に、彼はバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。
「あっ・・・そうなんだ。てっきり・・・」
理想の家族の肖像が一瞬脳裏に浮かび、消えていく。
当然、そこに俺はいなかった。
「・・・そうだったら、良かったんだけど」
つい口を衝いた独りよがりの悔しさが、蒸し暑い車内の二人の間に、沈黙を広げる。
「でも、渡しておくよ。きっと、喜んでくれる」
偽善を口をする自分が、本当に、惨めだった。


「何だ関谷、お前、そういう趣味?」
その日の昼休み。
パソコンのディスプレイの脇にぶら下げておいたストラップに、向かいに座る先輩が食いついてきた。
「ああ、いや・・・友達がくれたんで」
「へぇ、15000系か。悪くないな」
「電車、好きなんですか?」
いつも眉間に皺を寄せ、しかめっ面でディスプレイにかじりつく姿ばかり見ているからか
ごつい指で小さな車両を摘んで愉しげに弄る彼に、違和感すら覚える。
「好きっつーか・・・まぁ、好きかな。昔は運転士に憧れたクチ」
「僕も、子供の頃は・・・」
「オレは、今でも時々思うよ。いっそ転職してやるか、とかね」

10歳ほど年上の彼は、社内でも中堅どころ。
プロジェクトマネージャーとして複数の物件を掛け持ち、実力と信頼を兼ね備えた人だ。
その口から転職という言葉が出てきたことに、動揺に近い驚きを覚える。
「10年も15年も同じ仕事してれば、隣の芝はますます青くなってくもんだ」
「そんな、もんですかね」
「たまにさ、社会人募集やってるんだよな。オレはそろそろ年齢制限に引っかかるけど」
名残惜しそうに青いラインが入った模型を手放し、彼は複雑な溜め息をついて笑った。
「まあ、まだ夢を諦める歳にはなってないってことかな」


旧友との待ち合わせは、彼の住む街の駅だった。
少し早めに着き、改装された駅舎の中を眺めていると、一枚のポスターが目に入る。
募集は、現業職のみ。
年齢には、まだ余裕がある。
締め切りまでの猶予は、約1ヶ月。


「あ、あれ、この間のストラップの」
「そう、15000系。性能的には良い車両だけど、オレはやっぱ05系が好きかな」
「毎日乗ってるんだろ?普通、飽きないか?」
「飽きないねぇ。鬼のようなラッシュも、あれに乗ってれば耐えられる感じ」
久方ぶりに訪れた幼少時代を過ごした街。
土手に腰を下ろし、彼を隣に置いて鉄橋を眺める。
まるで、タイムスリップでもしたかのような、感覚だった。

橋が架かる川には、河口が近いこともあり何艘かの釣り船が係留されている。
水面がざわつく度に、その船尾がゆらゆらと揺れていた。
曇天の空に、川向うで草野球に勤しむ人々の声が吸い込まれていく。
確かに、あまり変わっていない風景。
けれど、河川敷の向こうには壁のようにマンションが林立していて
カラフルなモザイク模様に、思い出がちょっとだけ削られるような気がする。

「・・・運転士って、どうなのかな」
穏やかな横顔を一目見て、また視線を外して、独り言のように呟いた。
「ん?」
「たっちゃんは、運転士にはならないの?」
「う~ん・・・オレは車掌が天職だと思ってるからなぁ」
大きく両手を頭上に伸ばし、下ろすと同時に深く息を吐いた彼は、僅かに目を細める。
「でも・・・まだ、探してる」
「何を?」
向けられた切なげな視線が、様々なわだかまりを吹き飛ばしていくように思えた。
「オレにとっての、最高の、運転士」


雲が切れ始めた空に浮かぶ鉄橋の上を、騒々しい音と共に電車が走っていく。
顔を上げた幼馴染は、車両を見送ってから俺を見た。
「昼飯でも食いに行こうか」
「ああ、良いよ」
立ち上がる彼の姿が、あの日の面影に重なる。
「・・・たっちゃん」
「何?」
「俺のこと、まだ、好き?」
「え・・・そりゃあ・・・もちろん」
軽い口調とは裏腹な、あからさまに狼狽を映す目が、彼の心情を教えてくれた。
「じゃ・・・目、閉じて」
「な、に・・・」

手を伸ばした先にあった憂色の表情は、すぐに見えなくなり
ほんの数秒の後、その顔は吃驚に変わっていた。
「いつまで、待てる?」
予期せぬ事態に、彼は薄く開いた唇を震わせて言葉を失う。
「いつか必ず、一緒に、05系に乗ろう」
何かが変わっていく自分の、背中をあと一押ししてくれるきっかけが欲しかった。
「・・・いいよ。いつまででも、待ってる」

陽の光を受けて彩度を奪われたスカイブルーのラインが、真っ直ぐに伸びていく。
夢を語ることは、戯言なんかじゃない。
手に届くところにあるのに、努力もせずに目を逸らしていたのは自分の方だ。
何かを成し遂げることで、青い芝を手に入れたい。
仄かな熱と柔らかな感触を頭の中に滲ませながら、そう決心していた。

□ 83_浮橋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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