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浮橋(3/4)

次の日から、毎朝通勤電車に乗る度、ターミナル駅で交代する車掌の顔を窺うようになった。
とはいえ、想像以上に乗務員のシフトは複雑なようで、なかなか機会は訪れない。
おまけに、担当している案件が急に修羅場を迎え、出退勤時間は不規則に。
午前様の帰宅が続き、短い朝の乗車時間も惜しむ様にうたた寝をすることが多くなり
その頃になると、窓の向こうに目をやることまで、気が回らなくなってしまっていた。

不思議なもので、ちゃんと降りる駅の直前で目が覚める。
ある朝までは、そんな風に高を括っていたところがあった。
電車に乗り込み、背後の窓に寄りかかると、初夏のような暖かさにつられて意識はすぐに飛んでいく。

ガラスを叩く鈍い音と振動で、夢が途切れた。
ふと顔を上げると、ドア上のモニターにはもうすぐ降りる駅に到着することが示されている。
振り返った先にあったのは、降りる方向を指差しながら目を細める車掌の姿だった。

車両から降り、ホームの柱の前で電車を見送る。
指差し確認をし、発車ブザーを押した彼は、一瞬こちらに顔を向けて制帽のつばに指を添えた。
そしてすぐに電車に乗り込み、ドアを閉め、やがてゆっくりとホームから離れていく。
乗降客が足早にホームから立ち去る中、俺は闇に消える電車を眺めていた。


「おはよう」
それから数日後、微かな期待を胸に乗務員室を覗く俺に、一人の男が声を掛けてきた。
「・・・え」
制服姿しか見たことが無かったからか、咄嗟に人物を認識できなかった。
「夜勤明けなんだ。やっとタイミングが合った」
そう言って、彼は俺の隣に立つ。
「久しぶりだね、諒くん」

ターミナル駅を出てすぐ、電車は鉄橋を渡る。
駅間の所要時間は5分弱と、この路線の中では最も長い。
しかし、20年近い空白を埋めるにはあまりに短く、あっという間の時間。
「明日は、シフトが違うから・・・また、その内」
貴重な機会は、通り一遍の短い会話とアドレス交換をしただけで過ぎ去ってしまった。


彼のシフトと俺の就業時間を縫うように繰り返される、画面越しの逢瀬。
大学時代まで九州にいて、就職をきっかけに東京へ戻ってきたこと。
子供の頃からの夢を諦めきれず、3年前、今の会社に転職したこと。
遠い昔から今に至る彼の足跡が、徐々に見え始めてくる。

ある夜、彼から送られてきたメールに添付されていた一枚の写真は
視覚のみならず、様々な感覚が蘇るような錯覚に、俺を陥れた。
『この辺は、あんまり変わってないよ』
出来過ぎた偶然と言うべきか、彼は今、独身寮に住んでおり
それは、二人の思い出が詰まった、あの街にあるのだと言う。
『俺、引っ越してから、行ってないな』
『基本住宅地だからね。用事が無きゃ、立ち寄らないんじゃない?』
鉄橋を見上げる様なアングルで写された新型の車両の画像を見ながら、追想を手繰る。
『今でも、電車眺めてるの?仕事で毎日見てるだろ?』
『たまに、時間が空いた時にね。二人でよく見てたなって、思い出すのが楽しくて』

入社当時から寮に住んでいたというから、それだけの間、彼は鉄橋を渡る電車に思いを馳せていたのだろう。
『久しぶりに、行ってみようかな』
川の匂いと蒸し暑い空気と、隣に座る俺のことを頭に浮かべていてくれたのかも知れない。
『来月だったら、公休と重なる土曜日があったはず』
『じゃ、予定しておくよ』
昔に戻りたい訳じゃない。
途切れてしまった縁を、もう一度結び直したい。
背を向けてしまった想いを、今度は正面から受け止めてみたい。
そして、約束を果たせなかったことを、謝りたい。
自分勝手だと分かっていても、彼があの頃とは変わってしまっていたとしても
そんな考えばかりが頭の中を巡っていた。


たまたま課の先輩に飲みに誘われた夜。
店から近い改札は、いつも乗る帰りの車両とは真逆の最後尾に位置していた。
ホームに降りる階段の途中で流れ始めた電車の到着を報せるアナウンスに、足を速める。
多分、最終の2、3本前だったのだと思う。
ドアが開くと共にホームに辿り着いた俺の目に飛び込んできたのは、車両の後ろから降りてくる彼だった。

制服を着た幼馴染に声を掛けることは無い。
曲がりなりにも、大勢の人間の安全を預かる仕事。
当然その辺は弁えているのだろうが、出来るだけ気を散らすことはしたくないと思っていた。
擦れ違う時、僅かに目を細めた表情だけを認め、車両に乗り込む。
やがてドアは閉まり、ゆっくりと電車が走りだした。

乗務員室へ通じる扉にもたれ掛かり、暗い車窓を眺める。
程なく、視界の中に簡素な夜景が流れ始め、鉄橋を渡る重い振動が空間に響く。
軽く、斜め後ろを窺う。
少なくとも俺の視線上に、車掌の姿は無かった。
不思議に思い身体を翻すと、俺のすぐ後ろに、背中を合わせるよう彼は立っていた。
体温も、鼓動も、息遣いも、何も伝わってこない。
それでも、彼の気配を背負うべく、同じ場所に身を預ける。
今の時間の乗務ということは、夜勤のシフトなのだろう。
ということは、明日の朝は、久しぶりに直接言葉を交わすことが出来る。
ぼんやりと夜空に浮かぶ扁平な月を見ながら、自然と口元が緩んだ。

□ 83_浮橋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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