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浮橋(2/4)

「関谷君じゃない?」
休日出勤だった土曜日の夜。
ターミナル駅での停車中、ホームを行く見知った女性に声を掛けられた。
「阿川さん・・・?」
出産を機に退職した、新人の頃から世話になっていた会社の先輩。
まだ半人前だった俺にSEの何たるかを叩きこんでくれた鬼教官の雰囲気は、歳月を経て削られたのか
少し離れた場所から眼差しを送ってくれる女性は、思い出補正そのままの面持ちをしている。
「偶然ね~元気だった?」
「ええ、おかげさまで。阿川さんは・・・」
彼女の手の先に、ぶら下がるように立っている男の子に視線を送りながら問いかけた瞬間
タイミング悪く、発車ブザーがホームに響く。
何かを考える間もなく、無意識の内に身体が動いた。

「あがわのぞむ、5歳です」
しゃがみこんだ俺に、彼女の子供は自己紹介をしてくれる。
「そっか・・・ってことは、もう、あれから5年も経ったんだ」
「そういうことよね。怖いくらいあっという間」
「お仕事は・・・復帰されたんですか?」
「今は在宅勤務なの。打合せには行くけど、基本メールと携帯でやり取りって感じで」

同じ会社で働いていた当時、俺は彼女に対して、秘めた憧れを抱いていた。
仕事も出来て、厳しい中に優しさもあり、いろいろな相談にも乗ってくれる。
けれど、まだまだ新婚で、ご主人との惚気を嬉しそうに話す彼女が愛おしいと思った時
俺が好きなのは "他の男のもの" である彼女だと気が付いた。
もっと早く出会っていても、きっと、恋心を抱くことは無かったのだろうと
皮肉な運命を恨む事すら出来なかった。

「そういえば、関谷君って、前からこの辺に住んでたんだっけ?」
「いえ、この間越してきたばかりで・・・」
「そうなの?じゃ、今度遊びにおいでよ」
屈託のない笑顔に、燻る想いが湧き上がり、静かに落ち着いていく。
関係が変わっても、何処かで縁が繋がっていることを素直に嬉しく思えた。


『まもなく3番線を特急列車が通過します。白線の内側に・・・』
ホームにアナウンスが流れると、目の前の男の子が矢庭に顔を綻ばせる。
「あ、スペーシア来る!」
「こら、望、待ちなさい!」
彼は母の手を振りほどき、ホームの反対側に駆けていく。
咄嗟に差し出した手が身体を掠めると同時に、視界の端に人影が入ってくる。
「坊や、危ないよ」
子供の前に私鉄の制服を着た男が立ち塞がり、その肩を軽く押さえた。
「次来るの、スペーシアだよね?」
「そうだよ。じゃあ、おじさんと、ここから見ようか」
しゃがみ込んだ彼は、男の子の身体を線路から少し遠ざける様に腰を抱く。
小ぶりな鞄を持っているところを見ると、恐らく車掌か運転士だろうか。
ホーンを鳴らしながら通り過ぎていく、青いラインの入った特急列車を見る彼らの姿に
昔、幼馴染と過ごしたあの日々が蘇ってくるようだった。

「すみません・・・ご迷惑をおかけしました」
列車が去り、阿川さんは制服姿の彼に対してそう言って頭を下げる。
「いいえ。でも、目を離さないようにしてあげて下さいね」
その様子を少し離れた場所から見ていた俺に、ふと男の視線が向けられた。
制服に包まれた姿の中に垣間見えた僅かな面影に、思わず息が止まる。
瞬間、彼の眼にも驚きが映ったように見えた。

「青いスペーシアだったね!かっこよかった!」
男の子の声が、彼の視線を横取りする。
「・・・電車、好きなんだね」
「うん。ボク、将来は運転士さんになる!」
「そうか。なら、僕が車掌さんやろうかな」
「ホント?絶対だよ?」
穏やかに微笑みながら子供の頭を撫で、俺たちに軽く会釈をした彼は
話しかけるタイミングを与えてくれないまま、その場を立ち去り、ホームの階段を下りていった。


子供の頃の夢。
狭い世界の中で毎日のように変わる幻は、結局具現化されることは無かった。
歳をとるにつれて、世の中が見えてくるにつれて、ただの戯言だったと冷めていたけれど
実際に叶えた男のことを思うと、そんな諦観が如何に滑稽なのかを思い知らされる。

「りょーくんは、運転士さんと車掌さん、どっちが好き?」
台風が近づいていた初夏の日の午後。
幼馴染の家で電車模型を弄る俺に、彼はそんな質問をしてきた。
「俺は絶対運転士だな。やっぱ、運転してみたいし、カッコいい」
「じゃ、ちょうど良いね。オレは絶対、車掌さん」
「何で?車掌なんて、ドア開けて、ブザー鳴らして、ドア閉めるだけじゃん」
子供の頃はそれほど電車に乗る機会も無く、正直車掌の仕事がどんなものなのか、俺には分からなかった。
「違うよ。車掌さんが合図出さないと、電車は出発しないんだよ?」
その点、友人は子供ながらに鉄道好き、恐らく、その頃から将来の夢にしていたのだろう。
「それに、昔はレッシャチョウって言って、偉い人だったんだから」
遊び過ぎて色がくすんでしまった新幹線の模型を手に、彼は満面の笑みを浮かべる。
「りょーくんが運転士さんで、オレが車掌さん。・・・いつか二人で05系に乗れるかな」

俺は、その約束をいつまで覚えていただろう。
もう果たすことの出来ない誓いなら、思い出さない方が良かったのかも知れない。
「ママー!ボク、絶対運転士さんになるよ!」
「はいはい。じゃ、たくさんお勉強しなきゃね」
無邪気にはしゃぐ、夢を叶えるチャンスを抱えた子供の姿に、羨ましさが募った。

□ 83_浮橋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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