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即妙(4/4)

横に並んだ秋葉は、付いてこいとばかりにペースを上げる。
「・・・どうした?」
「別に。いるかなぁと思って」
「いるかなぁって・・・しかも、遠いだろ。お前の、とこから」
「まぁね。じゃ、明日はお前があっちに来いよ」

休憩がてらに寄った公園には、犬を散歩させている人たちがチラホラ見えて
一日がやっと始まったような雰囲気に満ちていた。
「お前・・・いつも、あんなペースで、走ってんの?」
予想以上の速さで走る彼には付いて行くのがやっとの状態で、改めて違いを認識させられる。
「今日は、いつもよりちょっと速め」
「何だよ、それ」
「お前がチンタラ走ってるから、少し喝入れてやろうと思ってさ」
数日ぶりに交わすたわいも無い会話が嬉しくて、それだけで救われる気がした。

空にはもうすっかり澄み切った青い色が広がっている。
「オレさぁ」
天を仰いで白い息を吐いた秋葉の声は、少しテンションが下がっているように感じた。
「何話して良いか、分かんなくて」
「何が?」
「周りにゲイの奴とか、そういうの、いなかったから」
「・・・ああ」
「聞きたいことは、いろいろあんだけど・・・お前が嫌な思い、するんじゃないかって」

今まで、両親はおろか、自分とは違う他人に性指向を語ったことは無かった。
俺自身はそれまでと何も変わっていないにも関わらず、相手の中で何かが変わる。
その偏向に耐えられないと思っていたからだ。
しかも、同性愛者に対して "生理的に無理" と断言する男は決して少なくない。
気のおけない仲に甘んじて、彼に嫌な思いをさせてしまったのは俺の方なのに
それでも彼は、俺が曝け出したもう一つの面を、直視しようとしてくれている。
「別に・・・何、聞かれても、平気だから」
遠くに立つ針葉樹を見やりながら、そう答える。
ベンチに座ったままで前屈みになった同期は、真剣な表情で、しばらくの間押し黙っていた。


初めて男を好きだと気が付き始めたのは、小学生の頃。
女は嫌いじゃないけれどヤりたいとは思わない。
男との肉体関係は、そういう類の店で、何回か持ったことがある。
恋愛感情を持って付き合った相手は、あの時の年上の男を除けば、殆どいなかった。

ポツリポツリと出てくる質問に、出来るだけ端的に答えを出す。
生々しく表現して嫌悪感を抱かせないようにしようと、思っていた。
「何か・・・相手のタイプとか、あんの?よく、マッチョが良いとか、あんじゃん?」
「そういうの、嫌いじゃないけど・・・特にこだわりは」
「女なら、胸がデカいとか、ケツが締まってるとか、さ」
「ああ・・・強いて言えば」
別れを告げたばかりの彼の顔が脳裏に浮かぶ。
第一印象から好みの男だと思った、滅多に無い相手。
「額の形とか・・・前髪上げた時の」
「そんなん、誰だって大して変わんねぇじゃん」
「そうだけど。似合う奴、いるだろ?その方が顔が映えるような」
納得しきれない様な顔をしながら、彼は自分の額に手を当てる。
「・・・禿げに厳しいな」
「いや、むしろ、少し後退してるくらいの方が好きなんだよ」

不思議な気分だった。
ひたすらに隠してきた部分を口に出すことで、改めて自我が見えてくる。
知られないようにと押し込めている内に朧になってしまった輪郭が、形を取り戻す。


いつもとは違う河川敷から見る南の空には、少し光を失った白い月が浮かんでいた。
川に沿って緩いカーブを描く歩道は、俺が走っている道よりも大分広い。
「おう、早かったな」
30分も早く起きて来たんだから当然だ。
俺の隣に立ち、何回かジャンプする同期の姿を見て、そんな言葉が引っ込んだ。
「こういうこったろ?」
普段はウザったいくらいの長い前髪を、スッキリと上げた彼が得意げに笑う。
「オレ、結構似合うって昔から言われてたんだよ」
「でも・・・初めて見たぞ」
「まー・・・前からヤバい兆候があったから、あんまり、な」
「いいじゃん、似合ってる。ちょっとイケメンに近づいたんじゃね?」
「何だよ、まるでオレがイケメンじゃないみたいな言い方だな」

俺が家に戻る時間も考慮して、今朝は短めに切り上げた。
その分ハイペースな行程だったこともあり、距離はいつもとそれほど変わらなかったけれど
昼休みには、既にふくらはぎ辺りが重く感じ始めてくる。
目の前の男には特に影響が無かったらしく、まんざらでも無い顔で昼食を口に運んでいた。
「オレ、しばらくこの髪型で行くかな」
「女の子に評判良かったからか?」
ちょっとしたイメージチェンジを部署の女の子に褒められたことが、よほど嬉しかったのだろう。
こいつのこういう自惚れ方は、嫌いじゃ無かった。
「ま、それもあるし」
箸を止めた彼が、視線を上げて俺を見る。
「お前も、しばらくオレで満足しておけば?」

その言葉を全くの冗談として受け取れなかったことを、瞬時に後悔した。
「・・・はぁ?」
「いやさ、何つーの?友達の友達とか、友達の彼女とかに嫉妬する、みたいなさ」
誤魔化すような早口に、同期の勘の良さを気付かされる。
「そいつらの前では、こいつ、どんな顔して笑うんだろうって」
「分からなくは・・・無いけど」
微かな動揺がそのまま彼に伝わっているようで、心が強張った。
「オレにも、ちょっと見せろよ。そういう顔。いつまでも辛気臭い顔してんな」

晴れやかな笑顔をまっすぐに見つめることで湧き上がる疾しさ。
不意に心を引っ張られてしまったことに対する悔しさ。
「すぐ、飽きるぞ」
「飽きねーよ。入社以来見てきてるけど、まだ足りねぇもん」
それでも俺は、同期の軽妙な冗談を真に受けてみることにした。
いつか俺も、まだ見ぬ彼の笑顔を見られることを、楽しみにしながら。

□ 81_即妙 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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