Blog TOP


即妙(3/4)

小さなテーブルの上は、二人分の酒と幾らかのつまみがひしめいている。
「芹澤さ、今日会ってたのって・・・ホントに同級生?」
申し訳程度にグラスを合わせてすぐ、秋葉はそう言って俺を見た。
「・・・何で?」
「実は店探してフラフラしてる時、丁度お前ともう一人、いるの見たんだよね」

いつでも本音で話が出来る、貴重な存在。
けれど、今日に至るまでの、俺のもう一つの人生を話すことには躊躇いが大きすぎる。
「何か真剣そうだったし、店もいっぱいだったから、声掛けなかったんだけど」
「そ、か・・・」
もちろん、俺が嘘をついてまで会っていた人物について、彼が興味を持つのも当たり前だ。
「随分年上だろ?どういう人な訳?あの人」
真実の皮を一枚一枚剥いで、やがて芯が見えた時、友はどんな顔をするのだろう。

「前に、付き合ってた人がいて・・・その人がこっちに引っ越してさ」
「マジで?そんなこと、一言も言ってなかったじゃん」
「ちょっと・・・言いにくくて」
「何でだよ。もっと早く知ってれば、友達とか紹介して貰えたのに」
表情を緩めた彼は、何処と無くホッとした様子で軽口を叩く。
それが却って、口を重くさせた。
「いや・・・相手、結婚してて、さ」
「は?え、何それ・・・不倫かよ」
「・・・そう」
目の前の顔が俄かに強張っていく様子が怖くて、視線を下に落とす。
「あ~・・・」
低いトーンの声が、言葉を選んでいることを教えてくれた。
「悪ぃ、オレ、不倫はちょっと引く」
「だろう、な」
「じゃあ、何?あれ、相手の旦那か?出張のついでに、詫び入れに来たって?」
「それは・・・」
「誰かが嫌な思いする恋愛が、幸せだとは到底思えねぇけどな」
同期は大きな溜め息を吐き、手元の酒を一気に煽って本音を吐き捨てる。
「・・・何か、見損なったよ」

騒がしい店の中、二人の間だけに耐えきれない沈黙が満ちていた。
「これ以上飲んでも悪酔いしそうだから・・・先に戻るわ」
何枚かの千円札をテーブルに置き、彼は立ち上がる。
「秋葉」
見下すような視線が痛かった。
にもかかわらず、最後の薄皮だけを残しておくことが最善のことのようには、思えなかった。
「・・・あの人が、相手だ」
言葉も無いまま眉をひそめ、男は俺に背を向ける。
「意味わかんねぇ」
歯車の狂った時間が流れる中、その姿を、見えなくなるまで追いかけた。


あの後、どうやって宿まで戻ったか、全く覚えていない。
内線電話のコール音に起こされた時、俺はワイシャツとスラックスのままでベッドに伏していた。
辛うじて脱ぎ捨てたらしいコートと上着をまたぎ、電話を取る。
「・・・はい」
声を出すのも怠いほどの二日酔い。
「お前、朝飯どーすんの?」
電話の向こうの不機嫌な声は、気分をますます滅入らせた。
「俺は・・・いいや」
「そ。じゃ、新幹線、遅れんなよ」
コートの中に入れっぱなしにしていたスマホには、彼からの着信が数回。
気にかけてくれることを、感謝しなければならないはずなのに
幻滅の表情が頭を過り、素直には受け取ることが出来なかった。

電車の時間ギリギリまで横になっていたせいか
駅の改札の前で同期と待ち合わせる頃には、大分体調は良くなった。
「ほら、ちょっとは腹に入れとけ」
俺の顔を見るなり、秋葉はレジ袋を手渡してくる。
中には、サンドイッチとスポーツドリンクが入っていた。
「出先で二日酔いとか、次はやめろよ」
「悪い・・・ありがとう」

結局、帰路ではぎこちなさを引き摺って話しかけるタイミングも見失い
一言も交わさないまま、地元の駅で別れた。


アパートの自分の部屋に足を踏み入れた瞬間、疲れがどっと押し寄せてくる。
何もかもを失ってしまったような空虚な想いが頭の中を占拠する。
正しいと判断したことが結果過ちであっても、それを後悔したところで現実が変わる訳じゃ無い。
行き先のことを考えなきゃならないと分かっていても、進路は見えてこなかった。

日曜日は、何も手が付かないままで過ぎていった。
せめて、いつもの日常に軌道を戻そうと、祝日の月曜日、日課のランニングに出る。
家を出て幹線道路を渡り5分ほど行くと、川にかかる橋のたもとに辿り着く。
昨日、夜中に少し雨が降ったせいか、湿った土の匂いが鼻に届いた。
東の空には橙から紺へと見事なグラデーションが広がり、白い飛行機雲が真っ直線に空を切る。
自然は、相変わらず着実に、遅い歩みを進めている。
俺の中の性急な変化に、いつか、追いついてくれるだろうか。

走り始めて程なく、背後に人の気配を感じる。
それほど人通りの多くない時間。
振り向こうとするよりも早く、声を掛けられた。
「そんなペースじゃ、3kmも行かねぇんじゃねぇの?」
そこには、勝ち誇ったような顔をした同期がいた。

□ 81_即妙 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR