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即妙(2/4)

打合せを終えた夕方過ぎ。
駅前で秋葉と別れ、少し離れた飲み屋街で男と待ち合わせた。
「久しぶりだね・・・元気だった?」
「うん。何も、変わりなく。そっちは?」
少し、輪郭が丸くなったような気がする。
いつも上げていた前髪を下しているからか、久しぶりに見る顔は随分印象が変わって感じられた。
「家族がいるせいかね、生活が規則正しくなっちゃって」
「良いことじゃない」
「そうだけど・・・あの頃が懐かしいよ」

もし、彼があのまま東京へ留まったなら、何か俺たちの関係は変わっただろうか。
右手に家族の手を取り、左手で俺の手を引く彼と、両手でその手を掴む俺。
きっと、何も変わらなかったはずだ。
幸せはいつまでも続かない。
分かっていたからこそ、不安を紛らわせる為に、彼との情事にのめり込んだ。

この関係は、もう終わりにしよう。
俺が告げた時、彼は思いの外、切なげに顔を歪めた。
「やっぱり、奥さんとか、子供さんとかのこと思うと・・・ちょっと、きついから」
頭の中にごった返している様々な理由を詳らかにするには時間がかかる。
だから、一番ストレートな言い訳を口にした。
夫であり父である男は、しばらく口をつぐみ、箱から取り出した煙草をテーブルの上で小刻みに揺らす。
ふと顔を上げた視線を受け止め、数秒、絡ませた。
「じゃあ、オレがそっちに行けば、良い?」
「・・・え」
「君といる時は、家族のことは忘れる。だから、豊和も、オレに家族がいることを忘れて欲しい」
「そんな、無責任なこと・・・言わないでよ」
「家族への責任は、オレが取ればいいことだ。君が気にすることじゃない」
余りにも真剣な眼差しに、言葉が続かない。
彼は俺の顔を視界から外さないままで、煙草に火を点ける。
「初めは、本当に遊びのつもりだった。でもね、別れが近づくにつれ、どんどん惹かれて」
噴き出した煙が、ふっと空間に消えていく。
「もっと、君と一緒にいたいって、思うようになった」

悔しい位、ずるい人だ。
俺だって、本当は、両手で手を握って欲しい。
彼に対する負の感情を正当化するよう、絶対口にすまいと決めていた言葉を吐いた。
「でも・・・離婚する気は、無いんでしょ?」
「・・・無い」
「ずるいよ、そんなの」
「それは、すまないと思ってる。でも・・・」
灰皿の上で煙草がひしゃげ、崩れていく。
大きな溜め息を吐き、彼は目を伏せた。
「結婚したら、もう、他の誰かを好きになっちゃダメなのか?」

良い時も悪い時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も
死がふたりを別つまで、愛し続けることを誓いますか

数年前、姉の結婚式で聞いた誓いの言葉。
永遠に結婚することは無い俺にとって、雲の上の句に思えた。
でも、それは、手が届かないが故の過度な憧れだったのかも知れない。
「そうじゃない、そうじゃないけど・・・」
生涯、ただ一人を愛し続けることの難しさに苦悩する彼の姿が、居た堪れなかった。

重い沈黙は、二人の間で一つの結論に達したという証しだったのだろう。
「分かった。でも、一つ、約束して欲しいことが、ある」
静寂を破るように、彼は口を開いた。
「・・・何」
「オレのことを、嫌いになっても良い。でも、オレのことを、忘れないでくれ」


店を出たのは、まだ夜9時を過ぎた辺りだった。
両手で握りあった手の感触を惜しむように、彼とは逆方向へ足を運ぶ。
これで良いんだ、そう思っても、気持ちは無意識に沈む。
浮かび上がらせる程、酒も飲んでいない。
何処かで適当に飲んで帰ろうか、そう顔を上げた時、一人の男の姿が目に入った。

「どうした・・・こんな所で」
僅かに赤くなった同期の顔を見て、嘘を吐いた後ろめたさが今更ながらに生まれてくる。
「ん~、飯食ったついでに酒でもと思って。この辺、飲み屋多いっていうから」
その口調から、既に幾らか飲んだであろうことは明白だった。
「そう・・・」
「お前は?もう友達とは終わりか?」
何か勘ぐられているような目が、誤魔化しの言葉を脆くする。
「ああ・・・明日も仕事らしくて」
「へぇ・・・大変だな。じゃ、飲みに行くか」
「もう飲んだんだろ?」
「どーせ、明日帰るだけなんだから、良いじゃん。あと一軒くらいさ」


金曜日の夜ということもあり、どの店も人で溢れている。
目に付いた店に入ったは良いが、やたらと狭い席に通された。
「俺、ビールで良いわ」
「そ。オレは、どーすっかな」
小さく唸りながらメニューを眺めていた同期は、店員を呼び、オーダーを告げる。
「何か、食いもんは?」
「ん?任せる」
「食ってねぇの?」
「あ、いや・・・まぁ、あんまり」
自然な会話のはずなのに、徐々に一人でドツボに嵌っていく。

□ 81_即妙 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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