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即妙(1/4)

朝6時、いつものように河川敷に立って大きく深呼吸をする。
顔を上げると、東側の空が静かに赤く染まっていくのが見えた。
ついこの間まで真っ暗だった道は日を追うごとに色を取り戻している。
一日として同じ表情が無い天空の姿に、確実な時間の進みを実感していた。
毎朝のランニングを日課にし始めたのは、半年ほど前からだ。
きっかけは同期に誘われたことと、もう一つ。


「来月、元の支社に戻ることになってね」
居酒屋のテーブルの向かいに座る男がそう言ったのは、夏が始まったばかりの頃。
「・・・そっか」
既婚者である彼と知り合ったのは、1年ほど前、あるSNSでのやりとりからだった。
深入りせず、背徳感を楽しめる人、男女は問わない。
そんな文言を見て、何となくコンタクトを取り、何となく付き合いが始まった。
互いの時間の隙間を埋めるだけの関係は、やがて俺の中で少しずつ重みを増してきて
来たるべき時を目の前に、何の言葉も出ないところまで来てしまっている。

「長かったね。1年くらいになるかな」
「そう、だね」
伏せた目の視界の中に、煙草に火をつける彼の手が見える。
「じゃあ、寂しくなって、当然か」
「寂しい?」
「豊和は寂しくない?」
同じ時間を過ごしていても、恋愛感情を示唆する言葉は一度も聞けなかった。
不倫と言う背徳行為を、セックスにもたらされる肉体的な満足感で弄んでいるだけ。
だから、彼はこの期に及んでも後腐れは無いのだろうと思っていた。
もう、この片思いは終わりなのだと、覚悟を決めようとしていた。

「向こうに戻っても、会いに来てくれる?」
彼の指が、俺の前髪を軽く揺らす。
少しだけ上げた視線に、鈍く光る指輪が目に入った。
俺から何も言えなかったのは、結局、自分が背徳感を楽しむことが出来なかったから。
家族の元へ帰れば、彼は夫として、父としての顔になる。
そんなのは、きっと耐えられない。
「でも、ご家族に・・・」
「友達として会う分には、問題ないだろ?あくまでも、だけど」
男同士の密会に、言い訳は事欠かない。
情事の現場さえ押さえられなければ、簡単に逃げられる。
「仕事のついでとかでも良いから・・・考えてみてくれないかな」
この男は、俺にどんな感情を抱いているのだろう。
都合よく遊ばれているだけなのかも知れないと思っても
目を細めて穏やかに笑う表情に未練がくすぐられ、その時は、彼の提案を拒否できなかった。


「芹澤、お前、今日どれくらい?」
「ん?・・・3.5kmくらい」
「まだまだだな」
入社以来の腐れ縁である同期の秋葉は、社食の定食を前に勝ち誇ったような顔をする。
「お前はどれくらいなんだよ」
「オレはねぇ・・・6.3km」
「よくそんなに走れるな」
「ま、経験の差だろ」
高校まで陸上をやっていたという彼が朝のランニングを勧めてくれたのは
奇しくも情人が東京を離れてすぐのことだった。
気分が落ち込んでいることを悟られたのかとも思っていたが
特に勘ぐる様子もなかったから、単なる偶然なのだろう。

俺と彼が住んでいる街は、東西を二本の大きな川に挟まれた地域。
といっても各々の家がエリアの端に位置している為、朝走るルートはそれぞれから近い河川敷だ。
スマホに入れたアプリで走った距離を確認し合うのが、昼食時の習慣になっている。
学生時代以来めっきり運動とは縁遠くなっていたこともあり
初めの内はすぐに息が上がってしまっていたけれど、最近やっと身体が慣れてきた気がする。


朝日を背中に受けながら川面に目を向けると、川から突き出た杭に二羽の鳥が止まっていた。
大き目の身体をした黒い鳥は、カワウらしい。
川風に打たれながら首を伸ばし、頭を小さく振る。
仲睦まじい様子に和んでいると、不意に一方が羽を広げ飛び立った。
残された一羽はそれを見送るように顔を上向けた後、また首を窄める。

熱帯夜の別離から、まだ一度も彼には会っていない。
電話やメールは何回かしていたけれど、時間と距離が確実に恋心を穿っているのは分かっていた。
理性を取り戻しつつあるのか、彼の家族への罪悪感も日に日に募ってくる。
ズルズル続けていたら、いつ来るやも知れないチャンスを逃してしまう可能性もある。
もちろん、未練が無い訳じゃない。
眼差しも、声も、体温も、俺の身体に深く刻まれている。
それでも、俺は、彼から飛び立つことを決めた。


今週の金曜日、新たな案件の打合せが行われるのは、男が住む、あの街。
「俺、この日の夜、同級生と会う約束してるんだよ」
「お前、住んでたことあんの?」
「いや・・・大学の時の友達がさ、あっちの方に就職したんだ」
「そっか。じゃ、晩飯は各自ってことだな」
「ああ、悪いな」
同行する秋葉には申し訳ないと思いつつ、小さな嘘をつく。

仕事で行く用事が出来たから、会って話をしたい。
そんな内容でかの地に送ったメールの返事は、会いたかった、楽しみにしている、というものだった。

□ 81_即妙 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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