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命綱★(9/9)

ゆるさない ゆるさない
おまえが あいつに したことを
うまれてこなければ よかった
そう いわれる おれの きもちが わかるか
こわしてやる
おまえの すべてを おれの てで

***********************************

目まぐるしく流れた月日が半年も数えた頃。
部屋の片隅に置かれた観葉植物は、葉先から徐々に枯れ始めている。
これでやっと、あいつの呪縛から解き放たれたのかも知れない。
新しい年を迎えたら何か違う鉢を持ってこよう、そんな思考が、ノックの音に瞬断された。

「・・・失礼します」
静かにドアを開け顔を覗かせた男の表情は、僅かに強張っている。
「悪いね。夜遅くに」
「いえ・・・それで、どういったご用件でしょうか」
恐らく、彼の心の隅にこびりついているであろう疑惑。
なかなか話す機会が持てなかったことを詫びる様、彼の前に立ち、頭を下げた。
「君に、どうしても話しておきたいことが・・・あってね」


婿養子としてこの家に入ってから、特に波風を立てずに過ごしてきたつもりだ。
独裁的な社の経営についても、口を出さずにイエスマンに徹する。
不正にまで加担してきたのも、全ては家族を守る為だった。
それなのに俺は、一番大切なあいつを、奴に壊された。

ゴールデンウィークの谷間、付き合いで朝帰りになった土曜日の早朝のこと。
寝室へ向かう途中、薄暗い廊下に、洗面所から細い光が漏れているのに気が付いた。
扉を開けると、壁を背にうずくまる息子の姿があった。
「何やってるんだ、こんな時間に・・・」
連休で帰省してきていた彼は、俺の言葉に顔を上げ、虚ろな眼で一瞥してからフラフラと立ち上がる。
「別に・・・何でも無い」
乱れた衣服の下の身体には、無数の痣が見えた。
「何でも無くないだろう。その怪我は・・・」
場を去ろうとする子供の腕を掴むと、彼は力なくそれを振り払おうとする。
「うるせぇな」
同じくらいの高さの目線を合わそうともせずに反抗の台詞を吐き捨てられ、思わず手に力が入った。
肩を掴んで正面を向かせると、顎から首筋にかけて、何かの白い跡がついている。
乾き始めてはいたが、正体は明らかだった。
「何だ、これ・・・何があったんだ、悠」

仕事が忙しいという体の良い口実を振りかざして、俺は子供と正面から向き合うことをしなかった。
そのツケが、今、回ってきている。
「・・・本当、なのか」
「どーせ、信じねぇんだろ。親父だって、あいつの味方なんだから」
「そんな訳ないだろう?父さんは、いつだってお前の味方だ」
本心に対して向けられる疑心暗鬼の眼が、心にひびを入れる。
「・・・生まれてこなければ、良かったんだ、オレなんか」
何もしてくれなかった肉親に対する絶望の言葉が、心を砕く。


連休に前後して耳に入ってきた、社長の贈収賄疑惑。
今までも同じような話は何度もあり、その度に書類を改竄し、揉み消してきた。
ただ、今回は額も大きく、何よりも金を受け取っておきながら工事を発注しないという
独裁者の不義理が積もり積もった形になっている。

「既に、私ではフォローできない状態になっております」
「それを何とかするのがお前の仕事だ。何の為に置いてやっていると思ってるんだ?」
そう言った瞬間の醜い顔が、感情を逆撫でする。
「出来ないと言うなら、出て行っても良いんだぞ?会社からも、家からも」
口答えに対する、いつもの脅し文句。
やり過ごそうと押し黙る俺に、上司は余計な一言を付け加えた。
「ああ、でも、悠は置いて行けよ。大事な、跡取りだからな」
目の前の男が息子の名前を口にしただけで、吐き気がするようだった。
俺は、お前があいつにしたことを、決して許さない。
怒りが、振れてはならない方向へ、大きく振れるのが分かった。

「・・・明日一日で関連書類を揃えます。週明けにでも、ご確認ください」
荒ぶる感情を抑えながら一礼した時、視線の先に何かが落ちているのを見つけた。
拾い上げ、握り締めたままで部屋を出る。
手の中にあったのは比較的新しい社章。
持ち主の見当はすぐに付いたが、何故彼の物があの部屋にあるのかは、分からなかった。


その日の夜、義父は夜中の12時を過ぎても帰宅しなかった。
業者との会合が長引いているんだろうとはぐらかし、妻には先に休むよう言っておいた。
会社に着いたのは、夜中の1時を回った辺り。
2階の社長室の灯りは点いたままだった。

階段を上がると、部屋の扉は開いた状態になっており、更に奥の小さな扉も開け放たれている。
物音は特に聞こえない。
人の気配も、無いようだ。
無意識の内に息を潜めながら室内に誰もいないことを確認し、トイレの中を覗き見る。
そこにあったのは、目を疑うような光景だった。

便器にもたれかかるよう床に座り込む男は、死んでいるように見える。
僅かに温かい首筋に触れてみても、脈動は感じなかった。
洗面カウンターに頭でもぶつけたのだろう、頬の辺りまで血の筋が付いている。
事故なのか、他殺なのか、動悸を抑えながら携帯を取り出そうとした時
ポケットの中に入っていた一つの社章が指を掠めた。
もしかしたら、彼が、何か係わっているのかも知れない。
今、警察に通報すれば、こいつは被害者のままで終わってしまう。


洗面カウンターに乗り、天井パネルを外す。
倉庫から持ってきた古いロープを男の首に巻きつけ、もう一方の端を天井吊用の鋼材の上に通した。
大きく深呼吸をし、身体を引き上げていく。
塊が徐々に縦に伸び、床から尻の辺りが離れた瞬間。
何かが潰れる様な奇怪な音と共に、その重みが一気に増した。
そして、危うく手を放しかけるよりも早く、支点としていた鋼材近くから綱が切れる。
落ちた死体は幸運にも、元の位置に綺麗に収まってくれた。

だらりと伸びた手の近くに、男の携帯電話が落ちている。
発信履歴には、彼の名前もあった。
君が殺したんじゃない。
それだけを伝えたくて、発信ボタンを押し、すぐに切る。
良心の呵責など何も感じないまま、履歴をリセットして床に投げ落とした。

会社の経営状態が芳しくないことを、悩んでいたらしい。
昨年度の決算は乗り切ったものの、今年度の見通しは明るくないと、昨日、愚痴を聞かされた。
強引なやり口で取引先の信用を失いかけていることに、自責の念を持っていたのかも知れない。
一世一代の大芝居のシナリオを、頭の中で組み立てる。
真夜中だというのに妙に頭が冴えていて、自分が納得できる話になるまで、時間はかからなかった。


義父の葬儀の夜、悲嘆に暮れる妻を横目に、息子と庭に出た。
朝から降り続いていた雨は止み、ぼんやりとした月が闇に浮かんでいる。
母屋と渡り廊下で結ばれている離れには、義父の遺影が飾られていた。

「今まで、すまなかった」
人の死を初めて経験したであろう複雑な表情をした子供に、詫びの言葉を投げる。
「・・・え?」
「もう、何も、心配ない」
その言葉に怪訝な顔をした彼は、程なく俺の意図に気が付いたのだろう。
眉をひそめ、顔を強張らせ、落ち着きなく瞬きをし、やがて震える息を吐いた。
「ありがとう・・・これで、やっと・・・地獄から、抜け出せるよ」

□ 80_命綱★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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