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命綱★(6/9)

たまらない たまらない
もっと だきしめて もっと きすをして
あのひから こころに やきついて はなれない
ずっと あんたを かんじていたい
せかいに ひとりだけの おれの みかた

***********************************

崎浜社長は、あいにく直帰の予定になっていた。
もう少し残業をしていきたいところだが、彼がいてはそれも適わない。
しかも、曲がりなりにも社長の息子を、遅くまで会社に拘束しては体裁も悪い。

窓の外に夜の帳が落ちつつある。
「そろそろ帰ろうか。腹も減ったでしょ」
「もう、大丈夫なんですか?」
「うん、それほど急ぎじゃないからね。後は、また明日」
そう言うと、彼は鞄から一枚の紙を取り出した。
「これ、毎日、ハンコ押して貰えって・・・お願いできますか」
ちゃんと仕事をしていたのかどうかのチェックも兼ねているのだろう。
簡素な表には、日にちと出勤・退勤時刻と押印の欄があった。
「印鑑、机の中だな。ちょっと、取ってくるね」

1階の事務所のフロアには、もう人は残っていなかった。
前社長の急逝から2ヶ月余り、多少の混乱が見られた業務も、やっと落ち着きを取り戻してきている。
けれど、俺の日常は、時折大きくぶれる。
夢の中でなされる酷い虐待は、有り得ない痛みを身体中に残す。
血を流し、目を見開いたままで奇怪な笑みを浮かべる男の顔が、闇の中をグルグル回る。
夜中に目を覚まし、トイレで吐くこともあった。
頻度は減ってきているものの、眠ることに恐怖心を抱いているのも確かだった。


2階に上がると、会議室の電気が消えていた。
中にはまだ、彼がいるはずだ。
「・・・悠君?」
訝しく思いながら部屋に入り、照明のスイッチに手を伸ばす。
その瞬間、背後から誰かに抱きつかれた。
驚きで、呼吸が引きつる。
「澄河さん」
瑞々しく、何となく沈んだ声が、耳元で聞こえた。
激しくなった心拍数と、悪ふざけに対する苛立ちを抑えようと、ゆっくり声を出す。
「・・・早く、帰らないと。社長が、心配するよ」
俺の諌めは柔らかすぎたのか、腰に回された手の力が段々と強くなる。
「いいかげんに・・・」
「オレ、知ってる。澄河さんの、秘密」

あの時の畏怖にも似た想いは、確かなものだったらしい。
背中に少年の体温を感じながら、言葉を選ぶ。
「何、を・・・言ってるんだ?」
「あいつが言ってたんだ。毎年、新入社員の根性、叩き直してやってるって」
「何の、ことだか」
彼の手が静かに身体を弄っていく。
これは、脅しなのか。
根源が死してなお、俺は呪縛から逃れられないのか。
「何された?服、脱がされたりとか?」
「そんな、こと・・・ある訳」
「無理矢理、咥えさせられたり・・・したでしょ」
口の中に酸っぱいものが拡がってくる。
悪夢が蘇るようで、身体が震えた。
背後の男には、当然伝わっていただろう。
まるで慰めるように、俺の腕を静かに撫でながら、彼は言った。
「分かるよ。オレも、同じこと、されてたから」


少年は、中学卒業までの5年以上の間、祖父からの悪戯に耐えていた。
それはもう、虐待と言うべきだろう。
初めの内は、一緒に風呂に入り、自らの身体を洗わせたり、性器を弄らせたりしていた。
やがて羞恥心が芽生えてくる頃になると、脱衣を強要し、暴力・口淫に発展する。
身体も未発達な時期、暴力で組み伏せられた心は、服従になびく以外道が無かった。
「毎日、地獄だった。親父は仕事が忙しかったし、母さんは・・・見て見ぬふりだった」
県外の高校に進学が決まり、彼は一時的に祖父から逃れることが出来た。
それでも、帰省時には、性交まで求められたと言う。
「最悪だよ・・・オレ、女とも、したことないのに」
涙声が耳の中に入り込む。
彼は頭を俺の肩口に沈め、唇を震わせた。

どのくらい、彼の重みを感じていただろう。
「一つ・・・お願いが、あるんだ」
「何?」
「・・・抱き締めて」
同じ牙にえぐられた者同士、少年はそこに拠り所を求めたのかも知れない。
振り返り、暗がりの中で彼の身体を抱き締める。
胸元に頭を抱え込むと、深い溜め息が身体に沁みていく。
俺でさえ、もうダメだと、何度も思った。
「よく、耐えたね」
「うん・・・」
「もう、大丈夫」
「・・・ありがと」
その腕が、背中に絡みつく。
誰かの体温が、こんなにも気持ちを落ちつかせてくれるのだということを、俺は改めて感じた。

身体を離すタイミングが分からないままで時間が過ぎる。
不意に顔を上げた彼は、間を置かず、俺の唇にキスをした。
突然のことに、思考が止まる。
「生まれてきて、良かった」
今にも崩れそうな瞳で、彼は呟いた。
「ずっと、オレの味方で、いてくれる?」

□ 80_命綱★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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