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命綱★(5/9)

おなじだ おなじだ
ひとめ みて すぐに わかった
また いつか あえるかな
そしたら ふたりで いやしあいたい
あいつに つけられた ふかい きずを なめあいたい

***********************************

告別式の日は、あいにくの雨模様だった。
最終的に社長の死は自殺と断定され、俺に疑惑の目が向くことは、ほぼ無くなった。
それでも、精神の安寧が戻ってくる訳ではない。
真相は闇の中。
誰にも言えない深刻な秘密は、俺一人で抱えるにはあまりに大き過ぎた。

式の最中、親族席に座る一人の少年と目が合った。
その隣の席には専務の姿があり、恐らく専務の息子だと推測できた。
制服を着ているところを見ると、高校生くらいなのだろう。
祖父を亡くした哀しみを湛えているように見えた表情が、ふと穏やかな笑みに変わる。
瞬間、背筋が凍る思いがして、視線を逸らした。
胸の内を見透かされている。
幼い視線に対して、訳も無く、そう感じていた。


社長の後任には、腹心であった崎浜専務の昇格が承認された。
誰もが納得の人事だったのだと思う。
突然の出来事に多少の疲れは見せていたが、社員の心労を思ってか、努めて朗らかに振る舞っている。
こんな時にでも気配りが出来る人間を、素直に尊敬できた。

「何か、お手伝いすることはありますか」
定時後、手が空いたのを見計らって新社長に声をかけた。
1階の事務所の隅の席から、2階の社長室への移動とはいえ
一手に経理業務を請け負っていた彼の荷物はかなりの量だった。
「ああ、もうそんなに量は無いんだけど・・・じゃあ、その箱を持っていって貰えるかな」

久しぶりに足を踏み入れた社長室に、故人を偲ぶものは殆どなかった。
部屋の隅にあったはずの扉は壁と一体化していて、その前に、大きな観葉植物が置かれている。
「それは、前の社長が大切にしてた鉢なんだよ」
「そう、なんですか」
「寂しいだろうと思って持ってきたんだ」
「・・・社長も、喜ぶでしょうね」
我ながら白々しい会話だ、そう思いながら指示された位置に荷物を置いた。

「澄河君、体調はもう大丈夫?」
幾分大げさな溜め息を吐きながら、崎浜さんが椅子に腰を掛ける。
「え?」
「最近、やつれてた感じだったから、どうかしたのかと」
「あ、いえ・・・すみません、もう、大丈夫です」
「なら、良いけど。・・・そうだ」
俺の言葉を聞いて目を細めた彼は、何かを思い出したように机の引き出しを開け、中を物色する。
「これ、君のだよね?」
そう言って彼が差し出したのは、社章だった。
「まだ新しいのを持ってるの、澄河君くらいだと思って」
勤務中に社章を付ける決まりは確かにあるが、俺を含め殆どの社員は日中作業服でいることが多く
実際は有名無実のものとなっている。
今の今まで、失くしたことにすら気が付いていなかった。
「ありがとうございます・・・これ、何処に?」
「何処だったかな、確か、エントランスの辺りだと思ったけど」


ささくれ立った毎日が、時間の経過と共に何となく元に戻ってくる。
忘れることは出来なくても、強引な推論をでっち上げて捻じ曲がった安息を得られるようにはなってきた。

会議室の長机に、大量の資料が並べられている。
過去十年余りの経理業務に関する書類の整理を依頼され、昨日から作業にあたっている。
もちろん、会社で契約している会計士はいるけれど、外に出せない代物らしい。
見る者が見れば、どんな細工がされているのか分かるのかも知れないが
経験の少ない、内情もよく知らない俺にはそのカラクリが分かる訳も無く
だから、自分が指名されたのだろうと納得していた。

数日経った夏の日、俺は再び少年の顔を目の当たりにすることとなった。
夏休みのバイトという名目で会社にやってきた彼は、悠と名乗った。
「大まかな資料整理なら、こいつでも出来るんじゃないかと思ってね」
謙遜を混ぜながら、社長は自分の息子を紹介してくれる。
「澄河です。宜しく」
「・・・宜しくお願いします」
伏し目がちに小さく頭を下げた彼は、緊張もあるのだろうか、強張った雰囲気を醸し出していた。
「じゃ、後は澄河君から指示を出して貰えるかな」
「分かりました」

取引先別に時系列に書類をまとめ、更に細目ごとにファイリングしていく。
少年は、その単調な作業を黙々とこなしていた。
全体的に線が細く、横顔には父親の面影が僅かに浮かんでいる。
しばらく視線を向け、交わらない内に手元に戻す。
あんな人間でも子孫を残しているのだと、些細な怨嗟が心に顔を出した。


西向きの窓から、ブラインド越しに赤い光が滲んでくる。
時計を見ると、時間は既に定時を過ぎていた。
「今日は、この辺で終わりにしよう」
俺の言葉に顔を上げた彼は、小さく息を吐いてこちらに目を向ける。
「凄い集中力だね、助かったよ。明日も、宜しく」
目を細めてはにかむ顔が、妙にいじらしかった。
「あの、澄河さんは、まだ・・・」
「俺は、もうちょっとやっていくから」
「実は・・・朝は親父の車で来て、帰りは電車でって思ってるんですけど、道が分からなくて」
「じゃあ」
駅までの道順を教えようとメモを取る手を、彼は言葉で制する。
「オレ、帰っても、特にやることないし・・・澄河さんが終わるまで、いても良いですか」

□ 80_命綱★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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