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命綱★(4/9)

しってる しってる
あなたの ひみつ
でも だれにも いわない
これは おれたちだけの ひみつ
ありがとう
これで やっと じごくから ぬけだせるよ

***********************************

まだ四肢がくっついているのが不思議なくらいだ。
霞む視界に浮かぶ自分の身体は、赤い斑点に覆われている。
重い痛みはぼんやりとした痺れに変わってきている。
荒い息を吐く男の怒りは、それでもまだ、収まってはいないようだった。

「立て」
腕を掴まれ、上半身をカウンターの上に載せられる。
御影石の冷たい感触が全身に籠った熱と混ざり合い、一瞬、絶望の中に安堵が過ぎった。
そんな気分も、男の手が腰回りを撫でる気配で消し飛んでいく。
「もっと、突き出すんだ」
二つの手が足の付け根を掴み、尻が押し上げられる。
背後の男の身体が、その服越しに感じられた。

「それ、だけは」
「この期に及んで口答えするつもりか?」
辱めにも、暴力にも、耐えてきた。
それでも、これだけは、無理だ。
ギリギリのところで持ち堪えてきた矜持が壊される。
「お願い、します・・・勘弁、して、下さい」
絞り出した懇願を、奴は一笑に付す。
後頭部が掴まれ、上半身が大きく反る。
鏡に映る自分の姿と、後ろに立つ悪魔の姿が、見えた。

俄かに、意識が切れた。
力の限り、右手を後ろに振った。
バランスを崩した奴の身体がよろける。
咄嗟に床から浮いた脚を引っ掛けるよう、蹴りを入れた。
短い叫び声を上げながら、男の身体が倒れていく。


我に返るまで、どのくらいの時間があったのだろう。
足元には、目を見開いたままで便器に寄り掛かる社長の身体があった。
カウンターには、何かをぶつけたような血の跡。
死んでいるのか、生きているのか。
確かめることも出来ない。
自分の顔から血の気が引いていくのがありありと分かる。
その時の俺に、逃げる以外の方法は、思いつかなかった。


偶然通りかかったタクシーで家に帰り、自室に籠る。
電気も付けないまま、痛む身体を布団で覆った。
何かの間違いじゃないか、悪い夢なんじゃないか、そんな気休めで心が落ち着く訳も無く
自首すべきか、証拠隠滅を図るべきか、このまま姿を消してしまおうか、保身の術も考えが纏まらない。
突然、携帯が一回だけ震え、すぐに静まった。
息が止まるほどの恐怖が、精神を狂わせるようだった。
まさか、警察?
脅える手で開いた電話のディスプレイに、思わず目を疑う。
「そんな・・・馬鹿な」
表示されていた名前は、社長の物だった。

時間は夜中の2時前。
折り返す勇気は、まるで無かった。
奴はまだ、生きている。
より最悪な結末だけが、心身を侵していく。
どうして、どうして、こんなことになったんだ。
もう、俺の人生は終わりだ。


カーテンの隙間から、陽の光が差し込んでくる。
眠れないまま過ぎた夜は、随分と短かったように思う。
後悔に押し潰されそうになる心の拠り所が、何処にも見つからない。

上司から連絡が入ったのは、それからしばらく経ってからだった。
「すぐ、会社に来られるか?」
気が遠くなりそうな恐怖心を、必死で耐える。
「・・・何か・・・あったん、ですか?」
「社長が亡くなった」
その言葉が、更に俺の頭を混乱させる。
「えっ?」
「自殺らしい。状況は、追って説明があるそうだ」


第一発見者は、崎浜専務だった。
資料整理に訪れた早朝、社長室の電気がついていることに気付いた彼が
社長の変わり果てた姿を見つけたのだという。
トイレの天井板を外し、鋼材にロープを掛けて首吊りを試みたものの
身体の重みでロープが切れ、カウンターに頭を打ち付けたらしい。
それが警察の見解だと、専務は社員に対して報告した。

話は、もっともらしい、真実味のあるものだ。
けれど、俺が去ってからも、社長は確かに生きていたはずだ。
あの状態から、あんな男が、自殺をしようとするだろうか。
俺しか知らないはずなのに、俺の知らないことがある。
眩暈がして、その場に座り込んだ。
声をかけてくれた先輩の声は、殆ど聞こえない。
安堵と恐怖が、折り重なるように心の中を埋め尽くしていく。

□ 80_命綱★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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