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狂乱★(5/5)

会社から支給される名刺の枚数は、毎日チェックすることが義務付けられている。
悪夢のような夜が明け、いつものように出勤してから、俺は二度目の悪夢に襲われた。
前日配ったはずの枚数と、一枚、数が合わない。
考えられるのは、たった一つの可能性。
最悪な想像を覆すことも出来ず、しばらく、現実を受け入れられなかった。
刻み込まれた快感の代償は、あまりにも大きい。


それから一週間。
不安に苛まれる日々は変わらず過ぎていった。
「三輪様、お待たせ致しました」
テーブルに着いたのは、俺が少し前に応対をした男だった。
契約を確約された客を前にしても、気分は全く上がらない。
その中でも、上司と共に必要書類やローン、融資の説明を進めていく。
応対には特に問題も無く、仮契約が無事に終わった。
マンションの販売状況を示すボードにバラの造花が飾られ、完売まであと数戸であることが示される。
ここまで来てやっと、もやもやした気分が、少しだけ和らいだ気がした。

「ありがとうございました。今後とも、何卒宜しくお願い致します」
他の客の応対に回った上司の分まで、客に深く頭を下げる。
「こちらこそ。・・・ああ、そうだ」
目の前の男は、自分の鞄から封筒を取り出し、温和な表情で俺に差し出した。
「今度、個人的に、君と話をしてみたいんだけど」
「・・・どういう、ことでしょう?」
「これを見れば、分かると思うよ」
ふと目を細めた彼の顔が、俺の耳元へ近づいてくる。
「ああいうバイトは、まずかったんじゃないのかな?」
不穏な囁きが鼓動を急かし、思考が黒い渦を巻く。
「連絡、待ってるからね」
言葉を失った俺の肩を一つ叩き、男は去っていった。

数枚の写真は、おそらくビデオからキャプチャーされたものだろう。
顔こそ分からないものの、全てに、自分の痴態が写っている。
そして、二つ折りにされた名刺。
契約の話をしている時、彼は俺の名刺を上司の物と並べてテーブルに置いていた。
これは、前に俺が手渡した物じゃない。
狭いトイレの中で必死に震えを抑える。
今、自分が何をすべきなのかが分からない。
最悪な想像は、そのまま、最悪な現実として目の前に迫っていた。


薄暗い部屋は、彼が求めた部屋とほぼ同じ間取りだった。
生活の匂いは全く無く、そこにあったのは、ひたすら直接的な男の匂いだけ。
「どういった・・・ご用件でしょうか」
三輪と名乗る男に指定されたのは、勤務地から30分ほど電車で行った都心に近いマンション。
左腕にコートを下げ、右手に菓子折りを下げて立つ俺を、男は興味深げに眺めていた。
「僕は別に、君を脅そうなんてことは考えてないよ」
伏せた視線に彼の身体が入り込んでくる。
肩を掴まれ、傾くように引き寄せられた。
「面白いものを、見せてあげたくてね。・・・きっと、君に気に入って貰えると思って」

リビングダイニングに置かれた金属製の棚には、何台ものDVDレコーダーが設置され
大きなテーブルの上にはおびただしい数のメディアが積まれている。
その中には、見覚えのある小型のビデオカメラも数台並べられていた。
奥の部屋に近づくにつれ、何かの音が耳に届く。
人の呻き声と、モーター音。
あの夜、身体の奥底に刻み込まれた響きが、吐き気と共に蘇ってくる。

扉を開けた先の窓には、丸の内の夜景と小さな東京タワーが映っていた。
「ここの眺めも悪くないだろう?」
男の穏やかな声が、その窓の前に置かれた椅子と人影で不穏なものに変わる。
仄かな街の灯りに照らされているのは、全身を拘束された男の姿。
スーツを肌蹴られた身体に赤いロープが這い、様々な玩具に飾られていた。
顔は大きなアイマスクに覆われ、局部には残酷な器具が嵌め込まれている。
苦しげな呻き声を上げ、小さく痙攣を繰り返す身体から、目が離せなかった。
「あんな風にしばらく放っておくと、セックスの時、狂ったように泣き叫ぶんだ」
異常な光景に官能を重ね合わせてしまう自分を、冷静に見られない。
ぼやけていく意識の中、不意にネクタイを掴まれ、男と向き合わされる。
「忘れられないんじゃないか?あの時味わわされた快感が」
得体の知れない表情に、声も出なかった。
「狂わせてあげるよ・・・君が勧めてくれた、あの部屋で」


その時、自分が何と答えたのか、もう、覚えていない。
滲む視界に浮かぶのは、青白いスカイツリーと快楽に堕ちていく自分の姿。
全身を駆け巡る刺激は、けれど金属の檻に阻まれた射精を伴うことなく絶頂へ引きずり込む。
繰り返し打ち寄せる波が、何回イったのかという記憶さえ攫っていく。

待ち侘びていた男が扉を開ける。
部屋の一角に置かれた三脚にビデオカメラをセットし、身悶える俺に満足げな笑みを見せた。
唾液が沁み込んだ布製の猿轡が外され、吐息が彼の前髪を揺らす。
「今日も、良い啼き声を聞かせて貰おうかな」
そんな言葉にさえも、狂い始めた身体が熱くなる。

部屋の中に響くのは、身体がぶつかり合う音と、錯乱した俺の声。
薄情な夜景に覆い被さる様に、二人の姿が窓に映る。
掌に冷たい感触を残すガラスさえ溶かしてしまいそうな昂ぶりが、喘ぎとなって出ていく。
やがて、淡い光に煌めく闇を、白い衝動が汚した。

□ 78_狂乱★ □
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□ 87_応報★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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