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狂乱★(1/5)

日曜日の午後、看板を持ちながら駅前を行きかう人々を眺める。
真冬の割に、今日はそれほど寒くない。
会社のロゴが入ったウインドブレーカーの前を開けると、服の中に溜まった熱が逃げていき
代わりに入り込んできた冷気が、瞼を狙っていた眠気を吹き飛ばしてくれる。
腕時計に目をやると、交代の時間まで後10分ほど。
白い息を一つ吐いて、気合を入れ直した。

「戻りました」
後輩と任を交代し、突貫工事で建てられたプレハブ小屋に戻る。
「お疲れ様でーす」
狭い詰所では、チラシ配りを終えた女の子が数人で談笑していた。
空調が効き過ぎているのか、眼鏡が一気に曇る。
ワイシャツの裾でレンズを拭く俺に、一人の娘が声をかけてきた。
「大変ですね。社員さんなのに」
「ああ・・・まぁ、これも仕事だから。お客さんが一人でも増えてくれれば、良い訳だしね」
もちろん、こんな仕事内容に満足している訳じゃない。
でも、それを悟られないように、笑って答えを返す。

都内の私鉄沿線に建設中のマンションのモデルルーム。
そこの担当になってから2ヶ月ほどが経つ。
好況と言われるマンション需要も、その実、売れているのは立地が良い所だけで
他の大部分では、相変わらず苦境に立たされている。
客足が芳しくないことも本部では織り込み済みなのか、ここに配属された社員は3人だけ。
数人の派遣の子はいるものの、結局、看板持ちやポスティングまで俺たちの仕事になっていた。


「笠松君、ちょっと」
ウインドブレーカーからスーツの上着に着替えた俺に、上司から声がかかる。
「ご案内して貰えるかな」
カウンターの向こうに立っていたのは、中年の男だった。
こういう場所で、この年代の一人客は珍しい。
家族の気配も感じられない雰囲気に訝しむ気持ちを押し込んで、営業スマイルを作る。
「いらっしゃいませ。・・・では、私の方でご案内差し上げます」

モデルルームの間取りは、最多価格帯の2SLDKのプランを模っている。
一通り案内し終わった後、男は他のプランはどうなっているのかを尋ねてきた。
「最も広いプランは、最上階の4LDKになります」
「セカンドハウスで使うつもりだから、広さはそんなに必要じゃないんだよね」
「それであれば、こちらなんかが宜しいかと」
小さなテーブルいっぱいにA3サイズのカタログを広げ、指し示す。
最近需要が増えつつある単身者や投機目的の為に設定されている1LDKプラン。
このマンションでは、日照条件の悪い北東側にその住戸を配している。
「うん、これくらいが丁度良いね。・・・値段も手ごろな感じで」
「ありがとうございます。こちらの東側の窓からは、スカイツリーも望めますよ」
必ず言わなければならないとされている宣伝文句を口にした俺を、彼は軽く鼻であしらう。
「流石に、そういうのに惹かれる歳でもないかな」
「失礼しました。今回は、全室スカイツリービューが売りの一つなもので」

カタログを手に取り、細かく書かれている仕様を真剣に読んでいた男が、ふと顔を上げる。
「遮音性能は、どうなの?」
「こちらについては、遮音等級D-55という、遮音性能的にはかなりハイレベルなものになっております」
マンションにおいて、隣室からの騒音はクレーム数でもNO.1だ。
下手をすると訴訟問題にまで発展しかねない火種に、会社も大分ナーバスになっている。
今回は線路や首都高が近い立地ということもあり、壁厚・スラブ厚200mmと構造のグレードは相当高い。
「このプランでも?」
「ええ、変わりありません」
何かを考える風な表情を見せた直後、彼は顔を緩める。
「それは魅力的だね。・・・前向きに検討させて貰おうかな」
「何卒、宜しくお願い致します。ご不明な点があれば、こちらまでご連絡頂ければ」
好感触な客に、カタログ一式と粗品と、自分の名刺を手渡す。
これは、契約に結び付くかも知れない。
そんな期待を胸に、外に出た男が見えなくなるまで、頭を下げ続けた。


勤務時間を終えた夜。
私鉄とJRを乗り継いで上野に出る。
雑多な小路を抜け、小さなテナントビルに入り、階段で3階を目指す。
何の変哲も無い金属のドアを開けると、視界には小さなカウンターと天井までの大きな棚が入ってくる。
「・・・どうも」
カウンターに頬杖をついたまま煙草を咥える男は、そう言って俺の全身を値踏みするように見る。
棚に並んでいるのは、アダルトビデオのDVD。
その殆どがゲイ向けの品揃え。
適当なケースを手に取り男に渡すと、彼は一つの包みと小さな鍵を差し出した。
「ごゆっくり」

部屋数が多くない代わりに、一部屋の面積は通常のビデオボックスよりも広く出来ている。
サラリーマンがサボりついでに自慰を楽しむ空間、というよりは
実際、近くのクルージングスペースから流れてくる客がサカる場所としての意味合いが大きいらしく
それなりの設備も充実している。
時折迷い込んでくるノンケの男を、虎視眈々と狙う奴らがいるとの話も聞くが
今のところ、そこまで危険な目には合ったことは無い。

男から受け取った包みを開ける。
中には、小型のビデオカメラ。
ディスプレイが置かれている台の下にある浅い棚にそれを置いて、椅子に座る。
カメラの下に携帯を置き、レンズの角度を調整し、一旦席を立つ。
軽くネクタイを緩めて、深呼吸と背伸びをしてから、再び席についた。

□ 78_狂乱★ □
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□ 87_応報★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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