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一途(4/4)

別荘の裏に設置された給湯器から出る配管には、何かに齧られたような跡があった。
「サルかな。まさか、熊じゃないよな」
「よっぽど餌が無いんですかね。こんなものまで齧るなんて」
何某かの動物にやられた傷は、保温材を貫通し、樹脂管までダメージを与えている。
同行した職人は慣れた調子で配管を外し、新しい配管を繋いでいく。
「まぁ、元はと言えば、奴らのテリトリーに人間が踏み込んだ訳だから」
「それは、そうですけど」

程なくしてナットが締め付けられる音が止み、職人が立ち上がる。
配管の修復を終えた彼は、その行先を眺めながら言った。
「とりあえず、露出の部分にはカバーしておいた方が良いと思うぞ」
「俺もそう思います。・・・材料はあります?」
「一応、付属のカバーとラッキングは持ってきてるよ」
「じゃ、お願いしちゃって良いですか?会社の方には、俺から言っておくんで」
齧られたのは給湯管。
これがガス管だったら、漏水どころの騒ぎじゃなくなる。
上司ともその考えは共有できたようで、1時間後、配管は全て金属カバーで覆われた。

「そういえば、川端の別荘が売れたらしいな」
現場からの帰り道、車を運転する俺に彼が話しかけてくる。
「え?そうなんですか」
川端の別荘、というのは、半年ほど前に売りに出された川沿いに立つ別荘だ。
眺望、建物の質を表すように価格は1億を優に超え、なかなか買い手がつかないと言われていた。
「お宅の所長が早速営業に行ったみたいだから、その内仕事が来るんじゃないか?」
「それにしても、凄いですね。どんな人が買うんでしょう・・・」
「さぁな。世の中には、想像を絶する金持ちがいるからな」
「俺には、一生かかっても買えませんよ」
俺の愚痴を拾い上げ、彼は鼻であしらう。
「まだ若いんだから、夢を持てよ、夢」
「夢、ねぇ・・・宝くじでも買いますか」

一週間と少し経ち、職人の男が言っていた新規の案件について、所長から正式に話があった。
「別荘としてではなく、本宅として使うんだそうだ」
そう言う所長の顔は、何処かしら嬉しげだった。
本宅として居住するのであれば、当然メンテナンスは頻繁に必要になる。
幾らか値切られたと言うが、上司はフルメンテナンスの契約を取ってきたらしい。
業務は煩雑になるが、別荘相手よりも桁が一つ変わる価値がある。
「ファミリーですか?」
「二人家族らしい。定年して、第二の人生をここで送るんだと。羨ましいね・・・宝くじでも買うか?」
皆、考えることは一緒だ。


庭のタチアオイがちらほら花を咲かせる頃。
日頃の感謝の意味も込めて、休みの日に喫茶店の設備を一通り見て回る。
目についたのは、エアコンの冷媒が若干減っている点くらいだった。
「他に何か、気になる点とか、ありますか?」
「今のところは、特に無いかなぁ」
「冷媒の充填は、工事店に頼んでおきますんで」
「助かるよ」
マスターが安堵の声を上げたタイミングで、店の方から来客を告げる鐘の音が聞こえる。
「後、任せて良いかな」
「ええ、書類はこちらで作っておきます」

しばらくすると、客らしき二人が庭に入ってくる。
彼らはしばらくスズカケノキを見上げ、何かを話していた。
一人は初老の男、もう一人は、杖をついているが、若い男のようだった。
マスターは、俺がいつも座る席に彼らを案内する。
爽やかな日差しが木々の緑に反射して、やけにそこだけ輝いて見えた。

「今度、引っ越してきた人らしいよ」
エアコンの点検を終えてカウンターに戻った俺に、マスターが教えてくれる。
「定年を機に、千葉から移り住んだんだって」
ああ、あれがもしかして、川端の別荘の住人か。
好奇心が僅かにもたげた俺の視界に、一冊の本が目に入る。
「・・・それは?」
「ああ、あの人が書いた本だって、挨拶代わりにくれたんだ」
簡素な装丁の表紙にある名前で、遠い過去が一気に蘇る。


木の下で陽の光を浴びた顔は、思い出の中の優しい表情と何も変わっていなかった。
「・・・鹿嶋?」
俺の声に、彼らが振り向く。
目を細めて俺を見た男は、瞬間、表情を綻ばせた。
「久しぶりだね・・・西脇くん」
彼の背後で揺れるピンク色の花が、その顔を明るく滲ませる。

病状は、あの頃に比べて大分良くなったのだそうだ。
「一生付き合っていくしかないみたいだから、どうやって折り合いをつけようかって考えるようにしたんだ」
それなりに歳を重ねた彼の顔は、やはり少し痩せてはいたけれど、顔色は悪くない。
「そんな時に、叔父さんがね・・・こっちに住むから、一緒に来いって」
「いつまでも病院と自宅の往復で時間を浪費するのはもったいないだろう?」
「それは、そうだけど」
話し方も、雰囲気も、何も変わってない。
彼らのやり取りを見ながら、込み上げる喜びを噛み締めた。


むせ返るようなタチアオイの群れが風に揺れている。
テーブルの上には、銅のタンブラーが二つと、本が一冊。
「孤独って、何なんだろうね」
「ん?」
「これだけ濃密な人生を送っても尚、最後には孤独に苛まれる。どうしてだろう」
鹿嶋は自らが友人に送った本を手に、何かに思いを馳せていた。
「僕は、随分希薄な人生を送っていると思うけど、あんまり孤独は感じて無いな」
「諦めてないから、じゃないか?」
「何を?」
「・・・明日を」
明日に、将来に思いを馳せていれば、自分一人が取り残される不安は生まれない。
行く先に何も見えなくなった時、全てから拒絶されたような恐怖に苛まれるんじゃないか。
それが、数年越しで彼に語った、本の感想だった。

天つ風が凪いでいた木の葉を揺らし、彼の身体に斑な光を浴びせる。
「諦めなくて、良かった」
柔和な笑顔で呟いた彼の声に、大きく頷く。
再び、友とこうやって時間を過ごすことが出来る。
奇跡のような偶然を実感しながら、樹上の明日を、二人で見上げた。

□ 77_一途 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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