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一途(3/4)

明日に期待することを諦めさせたくない。
友人と叔父のやり取りを見て、心の中で誓ったのは良いけれど
その為にどうすれば良いのかは、分からなかった。
結局彼は二学期になっても退院することは出来ず、秋めいてきた空も、病床から眺めていた。

柔らかな日差しが降る土曜日の午後。
久しぶりに、二人で木の下に陣取った。
より一層痩せて小さく見える彼の身体を支え、車椅子から降ろす。
彼が手にしている本には、真ん中辺りに栞が挟み込んである。
「それ、結構前から読んでなかったっけ?」
その言葉に、彼は悔しげな表情を見せる。
「何か、家系とかが複雑でさ。見返しながら読んでるから、全然進まないんだ」
俺の手元には、地元の自称随筆家の新刊。
その筆の速さに感心しながら、毎度違う色を以って繰り広げられる世界を楽しんでいた。

「西脇くん、付き合ってる娘とかいる?」
一瞬の風に、そんな問いかけが流されてくる。
「え?」
「いや、今読んでる本、恋愛描写とか、そういうのが多いんだけど。何か、ピンとこなくて」
木に寄り掛かるように目を細めた彼は、手元の本を閉じて、俺を見る。
「周りが見えなくなるような恋愛って、どんな感じなんだろう」
大した恋愛をしてこなかった俺に、それは難題だった。
ちょっと好きになって、ちょっと付き合って、知らない間に気持ちが離れて。
同じことを何度も繰り返して、一人の誰かに遮二無二想いを寄せたことは無かった気がする。
「そんな想いを味わったら、将来を諦めることも、無くなるのかな」

来週は連休だから、2日はここに来られる。
冬になったら、もう、ここに座ることは出来ないだろうか。
でも、その頃には、きっと友は退院していて、図書館で同じ時間を過ごすことが出来るだろう。
日常、何でもない時に、ふと頭を巡る期待。
俺は、諦めてない。
彼も、そうあって欲しい。

「・・・何か知らないけど、俺、お前のことばっか考えてる」
口をついた独り言に、彼は呆気にとられたような顔で俺を見る。
「明日も、明後日も、お前のこと、考えてたい。だから、お前にも、そうして貰いたい」
自分勝手な言葉を振られ、友は目を伏せて呟いた。
「僕も、いつも西脇くんのこと、考えてるよ。でもね、いつ途切れるのかと思うと、怖くなる」
寂しげな声が堪らなかった。
自分が思っている以上に、彼への想いは一途だったのかも知れない。
「考えなきゃ良い、そんなこと」
細い肩を抱き寄せ、胸元に彼の頭を抱え込んだ。
「楽しいことだけ、考えてよう。明日が、良い日になる様にって」


季節が冬を迎える頃、彼の母から、彼の病状が芳しくないことを聞く。
そして、治療の為、高校を休学して北海道の病院へ転院することになったと言われた。

受験勉強に専念する時期に差し掛かっていたこともあり
予備校の休みを縫って彼の元へ赴くことが出来たのは、転院を直前に控えた日だった。
顔色の優れない友は、ベッドに横たわったままで俺を迎える。
「予備校は?」
「今日は、休み」
「そうか」
細い指は仄かに温かくて、北風に晒された俺の指に柔らかい温もりをくれた。
指を繋ぎ合ったまま、視線を交わす。
「・・・俺、諦めて、ないから」
言葉とは裏腹に、声が震え、頬を涙が伝っていく。
「ホントに・・・」
弱弱しく笑顔を見せる彼は、その指で俺の頬骨を撫でる。
「大丈夫。僕も、諦めてない」
彼の手に呼ばれるよう、頬を寄せ合った。
「また、いつか、一緒に・・・本、読もう」

別れ際、彼から一冊の本を手渡される。
「やっと読み終わったんだ。西脇くんの感想も、今度聞かせてくれる?」
何度も繰り返し読んだのだろうか、本にかけられたカバーは所々が擦り切れていた。
見返しに書かれたメッセージに気が付いたのは、彼が北海道へ移ってから。
手元に残った文字を辿りながら、壊れそうな希望を何とか支えていた。


春の風が、何処からか花の香りを運んでくる。
陽に焼けて古ぼけた本は相変わらず難敵で、日に何ページも進まない。
オリジナルブレンドのコーヒーを口に運び、一つ息をつく。
あれから、友とは連絡がつかなくなった。
それでも、彼の筆跡を見る度に、俺はまだ諦めていない、そう思うようにしている。
いつかの約束を果たせる日を、信じている。

社用の携帯が震え出す。
緊急の用件の場合、休みの日でも駆り出されることは少なくない。
「西脇です」
「ああ、休みのところ悪いんだけど、給湯器から漏水してるって電話があってね」
「分かりました。30分くらいで行きます」
「工具は用意しておくから」
電話を切り、カップに残ったコーヒーを飲み干す。
スズカケノキが葉を鳴らす音に見送られ、俺は席を離れた。

「あれは、スズカケノキなんですよ。多分私よりも長生きなんじゃないかと」
店のカウンターでは、初老の男とマスターが何やら話し込んでいる。
「夏にはタチアオイが咲きましてね」
「本当に、良い所だね。期待以上だ」
楽しそうに話すところに割り込むことを詫びるように頭を下げ、会計を頼む。
「もう帰るのかい?」
「ちょっと、仕事で呼び出されまして」
「そうか。その内、ウチのエアコンも見て貰おうかな」
「ええ、良いですよ。シーズンの前の方が混みませんからね」
「助かるよ。じゃ、行ってらっしゃい」
「ごちそうさまでした」

□ 77_一途 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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