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一途(2/4)

社会人になってから、本は殆ど読まなくなった。
雑誌や新聞を手に取る機会も少なく、情報はもっぱらネットから仕入れる。
けれど、この場所で小さな画面に目を奪われるのは何となくもったいない気がして
今日も、ある本を手にして席に着いた。

実家を出る際に持ってきた一冊の本。
本の見返しには、幼さを残した文字で『またいつか、一緒に』と綴られている。
高校の時の友達がくれたものだ。
相当に読み込んだのであろう本は端々が破れたり、何かの染みが付いていたりして
別れ際の贈り物としては酷く無愛想だけれど、俺にとっては多分、生涯の宝物になるのだと思う。


中学生から高校生にかけては、本の虫だった。
暇さえあれば図書館に通い、文字を追いかけるのが好きだった。
特に古典文学をよく読んでいたこともあり、古典の授業で困ることは無かったことを覚えている。
高校時代に所属していた部活動は文芸部。
種々の本を読んで書評を発表し合うという名実はあったが、実際はそれほどの活発なものでもなく
賞を取って話題になった本だとか、ドラマのノベライズだったりとか
そういう本を読んで、好きに感想を言い合うようなヌルい部活動になってしまっていた。

「西脇くんは、随筆とか読んだりする?」
高校2年の夏、図書館に併設された多目的室の隅で本を読んでいた俺に声をかけてきたのは
同じ部活に属している鹿嶋だった。
海外文学が好きらしく、英和辞典片手に原文を読んでいる姿を見たこともある。
「あんまり読まないな・・・方丈記とか、徒然草なら昔読んでたけど」
「やっぱり、古典なんだね」
「ああ、ごめん。あんまり現代ものは」
俺のそんな答えに、お世辞にも健康的とはいえない白い顔が、静かな笑みで明るくなる。
身体が弱く、入退院を繰り返しているという話は聞いていた。
実際、入学したのは俺と同じ年だったのが、前年の出席日数が足りず、留年したのだと言う。

「もし良かったら、読んでみてくれないかなって」
そう言って、彼は一冊の本を差し出してくる。
簡素な装丁が施されているその薄い本は、おそらく自費出版か何かで出したものだろう。
水郷の街として知られる地元は、古い屋敷なども点在している独特の情緒を持った場所。
本の中には、その歴史や風景、日常の一部を切り取った随筆が何篇かまとめられている。
「実は、叔父さんが趣味でこういうのを書いていて」
ページを繰ると、詩情を過分に含んだ文章が並ぶ。
ちょっと気恥ずかしくなるような、けれど情景が明確にイメージ出来るような文体は、嫌いじゃなかった。
「僕がこういう部活に入ってるって話したら、余ってるから持ってけって言うんだよ」
俺の向かいに座った彼は、バツが悪そうに笑う。

生まれ育った街だというのに、俺はそれほど興味を持ってこなかった。
街角に立つ不思議な建物の由来から、公園に生えている雑草の名前まで
ともすれば一生知らないままの、知らなくても何ら困らないことが淡々と綴られている文章に
何処か吸い込まれそうな魅力を感じる。
時折出てくる歴史の話を古典の雰囲気を重ね合わせたりしながら、読み進めていった。


夏休みに入る前、鹿嶋はまた入院するのだと話した。
「いつも、今度はちゃんと退院できるのかなって、思うんだ」
同じ制服を着ているとは思えない程、彼の身体は痩せていて
その言葉を心から否定することが、俺には出来なかった。
「見舞いに、行くよ。中央病院だろ?」
「そう。あの木の下で本を読んでると、時間が止まった気がしてね」
小高い丘の上にある病院は、周りを木々に囲まれていて
中でも一際大きな木は、街のシンボル的な存在になっている。
「・・・もう少し生きてられるのかなって、思ったりする」

寂しげな眼に言葉が出ないことを誤魔化すように、彼の頭を乱暴に撫でる。
二度と会えなくなるかも知れない、そんな可能性を必死で掻き消そうとした。
「何、言ってんだよ。ちゃんと、二学期には出てこいよ?」
俺の行為を、彼は頷きながら、笑って受け入れてくれた。


それほど親しい仲だった訳では無かった彼との関係は、その夏、大きく変わった。
週に何度か見舞いに行き、彼の体調と天気が良い日は、車椅子を押して木陰を目指す。
めいめいに好きな本を読み、感想や意見を交わしながら時間を過ごす。
木のさざめきが眠気を誘ったら、誰に遠慮することなく微睡に落ちる。
受験勉強も、バイトもあった。
けれど、この時間の空隙が、様々な鬱憤を落ち着かせてくれるような気がしていた。

自称随筆家である鹿嶋の叔父に初めて出会ったのも、彼の病室だった。
面白く読ませて貰ったと言う俺の感想に喜びを隠さなかった初老の男は
自らが持っていた数冊の冊子を手渡してくる。
中には、手書きの文章をコピーし、ただ綴じただけのものもあったりしたが
友人の手前、受け取らざるを得なかった。
「あと5年も経てば定年だからね。そしたら、行ってみたい場所があるんだよ」
独身貴族らしい彼は、そう言って自分の第二の人生に思いを馳せる。
「聖も、病気治ったら、オレに付き合うか?」
「僕は良いよ・・・明日すら、見えないのに」
友人の弱音が、気分を居た堪れなくする。
甥の言葉を聞いた男の溜め息には、もう聞き飽きた、そんな感情が込められているように思えた。

「明日、何がしたい?」
俯いた少年の額に手を寄せ、男は上向いた視線を受け止める。
「何がしたいのかを考えれば、頭の中でお前の明日が見えてくるだろう?」
「でも、それが出来るとは、限らないし」
「そうやって諦めるから、見えないんだよ」
幾分きつい口調で友へ語りかけた男が、不意に振り向く。
「君は、明日、何がしたい?」

突然の問に思考が回らない。
目を伏せた鹿嶋の顔を見ながら、思い浮かんだたった一つの答えを返した。
「本が読みたいです・・・鹿嶋と、一緒に」

□ 77_一途 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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