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挑発★(2/3)

先輩が開発部へ異動し、3か月ほど。
相変わらず週末には夜を共にしていたけれど、様相は随分変わった。
隣で酒を口に運ぶ彼は、冴えない表情のまま、それでも愚痴をこぼすことは無い。
新しい職務を担う責任と、実績を出そうとする気負いと、同期への対抗心もあったのかも知れない。
「わりぃ、ちょっと・・・疲れた」
溜め息交じりの言葉を残し、彼はベッドに横になる。
飲みかけのビールを煽り、床に座ったまま、頬に手を寄せた。

「氏家」
俺の手を掴む力は、既に微睡に足をかけていることを感じさせる。
「ムラムラしてんだろ・・・ご無沙汰、だもんな」
小さく口端を上げた彼に呼ばれるよう、ベッドの上に身体を乗り上げた。
「・・・そうっすね」
「まだしばらく、きついかも、しんねぇ」
転属してからほぼ毎日のように深夜残業、おまけに休日出勤も少なくない。
大きな流れに途中から入り、上手く前進して行く為には、それくらいの努力が必要なのだろう。
「他で、憂さ、晴らして来いよ」
何処か寂しげな眼は、おぼろげな声が本心では無いことを示していた。

「稲富さん・・・俺のこと、好きでしょ?」
耳元で問いかけた時の彼の表情を、今でもはっきり覚えている。
一瞬開いた瞳が矢庭に歪み、息を吸い込むと共に眉間と目尻に浅い皺が現れる。
核心をついたのだと、思った。
俺の告白から、彼の中で、どんな心境の変化があったのかは分からない。
はっきりした答えも無かったけれど、優越感と安堵感の混ざる歓びが、俺の中で生まれていた。

彼の身体に手を這わせていく。
頬に唇を寄せ、下腹部の方へ手を下ろすと、耳元を吐息が抜ける。
「多分、途中で・・・寝ちまうから」
目を閉じた彼は、俺の頭を首元に抱えるように腕を回してきた。
「朝・・・頼む」
睡眠欲があらゆる欲求を凌駕する場面を、このところ多く見てきている。
結局その約束も果たされないまま、会社に向かう彼を見送ることが殆どで
互いに身体の燻りを感じながら過ごす夜を、一人彼の匂いで慰めることが拠り所になっていた。


『Technique and Problem of Materials Development in Indonesia』
そう銘打たれたプレゼン資料には、手書きで修正事項がびっしりと記されていた。
これを書いた本人は、今まさに空の上にいる。
インドネシアで進められている材料開発についての中間発表会が開かれるのは明後日。
会の進行と諸々の準備を仰せつかり、慣れない英文を必死の思いで書いていた。

「営業の氏家です。宜しくお願いします」
会の前の日。
顔合わせを兼ねた会議で、俺は彼と、ほぼ初めて会話を交わした。
「君、稲富の後輩でしょ?よく遊んでるって言う」
「ええ・・・でも、最近は、あまり」
「確かに、あいつ、かなり忙しそうだもんね」
優しげな眼と、その奥の理知的な光は、あの時と何も変わっていない。
「落ち着いた頃に、またって、話してますんで」
緩みそうになる気分を引き締めながら、差しさわりの無い答で会話を終わらせた。

発表会は、現場に常駐しているメーカー数社の合同と言う形で行われるが
統括している海老名さんがメインで、事業内容や進捗状況、今後の課題などを報告する。
日本での発表会なのに資料が英語なのは、後日、同じ内容を現地でも発表するからなのだと言う。
「このグラフ、もうちょっと大きく出来る?あと、ここの言い回し、少し変えたいな」
会の直前まで、海老名さんは資料について細かな指示を入れてくる。
彼の業績に傷をつけないよう、俺は、その徹底した姿勢に圧倒されながら手を動かす。
「来週には、もうインドネシアに戻るんですか?」
「そうだね。土日挟んで、月曜日には部の方で打ち合わせして、火曜の朝には発つ予定」
「・・・大変ですね」
「やっと最近、遣り甲斐が見えてきたってところだね」
少し疲れた表情を見せながらも、彼は確固たる自信に満ちた雰囲気を醸し出している。
想い焦がれるだけだった気持ちが、大きな尊敬に昇華される様な、そんな気がした。


「飯、まだでしょ?ちょっと飲みに行かない?」
報告会を無事終え、会場撤収も大方終わった夜、声をかけてきてくれたのは海老名さんだった。
「海老名さん、懇親会は?」
各メーカーの担当者は、元請けのゼネコンが催している懇親会に出席しているはず。
疑問を呈する俺に、彼は笑って答える。
「一次会は終わったからね。もう、義理は果たしたよ」

会場近くの居酒屋に入る時、彼は同期にも声をかけたと言った。
「稲富さん・・・来られるんですか?」
「来られるか分かんないって言ってたけど。氏家君も、奴がいた方が気楽でしょ」
この業務に携わることを、稲富さんには話していない。
開発部の方で話が回っているかどうかは分からなかったけれど、改めて報告することも躊躇われて
結局、言い出すチャンスが無かった。
ただ、一緒に仕事をしただけ。
それでも、彼は、どう思うだろう。
言い知れない不安が、顔を少し強張らせた。

仕事の話を中心に、たわいも無い話をしばらく続ける。
話題が途切れたことをきっかけに、恐らく覚えていないだろうことを尋ねてみた。
「あの・・・僕が入社したての頃、一回お会いしたことがあるの、覚えてますか?」
「え?いつ?」
「5月、くらいかな。社員証失くして困ってた時に、声かけて頂いたんです」
煙草を咥えたまま少し考えを巡らせた彼は、不意にああ、と小さく呟く。
「あの時の子か。思い出したよ。オレが総務に電話したんだっけね」
「そうです。あの時は、本当に助かりました。ありがとうございました」
「いや、オレもね、入ったばっかの時に社章失くして、凄い焦ったことがあったから」
懐かしむように俺の顔を見る彼に、充足感が突き抜ける。
「あの新人君がこんなに立派になるんだから、そりゃあ、オレも歳取るよな」
「僕も、ご一緒出来て、本当に良かったです」

□ 68_玩弄★ □
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□ 74_挑発★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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