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虚飾★(5/5)

夜10時を過ぎて、オフィスに人影は無くなった。
2つのUSBメモリを片手に、携帯電話の発信ボタンを押す。
「岩佐です。遅くにすみません」
既にプライベートな時間に入っていたであろう電話の相手の口調は、些か鋭さを欠いていた。
「急な話なんですが、明日税務署の検査があるそうなんです」
その言葉に、敏感に彼は反応する。
口調は仕事モードに切り替わったようだったが、焦りは隠せなかった。
「私も、帰宅してから聞いたもので」
通勤時間は、俺よりも彼の方が遥かに短い。
彼が今から会社に戻り、PCに入っているデータを他へ移す。
結論は、そこに至った。


男がオフィスに現れたのは、それから30分もしない頃だった。
早歩きで俺の席へ向かい、雑な音を立てて椅子に座る。
社内では滅多に見せない狼狽えた姿。
薄暗い中で明るく光るディスプレイがその顔を照らす。
あるはずの無いデータを探しているのだろう。
徐々に深くなる眉間の皺と、荒くなる息遣いが、ぞくぞくするほど愉快だった。

「そこには、ありませんよ」
背後から声をかけると、上司は一瞬肩をすくめて振り向く。
「岩佐、君・・・どういうことだ」
震える声と何処か悲しげな鋭い目つきを受け止めながら、彼に近づいた。
「データ、移しておきましたから」
椅子に座ったままこちらを向いた身体を再び画面の方へ向かせ、覆い被さるように肩に腕を回す。
「さっきの電話は、何だ?」
「すみません、こうすれば、いらして頂けるかと思って」
「だったら・・・他の、やり方があるだろう?」
「そうですかね」
手にしたメモリで苛立つ頬を撫でる。
「こんな時に、冗談は止めないか」
「冗談?私は、本気ですが」
片方の手で首筋を撫で上げ、少し上向いた唇に彼が求める物を這わせた。
耳を軽く噛んだ時の反応は、いつもよりも僅かに敏感だった様な気がする。
「これだけの使途不明金、流石に税務署も見落とさないでしょうね」

彼の手が、俺の手首を掴む。
「それは、脅しか?」
「どれだけ男に貢いできたんですか?横領した、金を」
「君には関係ないだろう」
「渉君には、相当お小遣いあげてたと聞きましたが」
手の力が一瞬緩み、言葉が止まる。
「それだけ貢いで、彼の心は、手に入りました?」
俺の指からメモリを抜き取った彼は、不意に振り向き、呟いた。
「釣果なんか、初めから期待してない。ただ、糸が引く感触を楽しんでいたかった・・・だけだ」
眼の中に映るのは、本命の姿。
糸を引くように薄く口を開けると、吸いつくように唇が重なる。
「私がいれば、雑魚に撒く餌は、もう必要ないでしょう?」
「君も・・・目的は、金か」
「課長から金が欲しいなんて、言いませんよ。ただ・・・」
スラックスのポケットから取り出した、もう一つのUSBメモリを、彼の目の前に突き付けた。
「打ち出の小槌を幾つか分けて頂ければ、と思ってるだけです」


フロアの端にある非常階段のバルコニーには、さっきから降り出した雨が吹き込んできている。
「ええ、例のサブコンさん、口利きしておきましたから。その内、お話が行くかと」
相手は付き合いの長い設計事務所。
社長と懇意だと言う工事会社と抱き合わせで発注するように工事部へ話をつけたのは、昨日のことだ。
「ありがとうございます。これからも何卒宜しくお願いします」
「いえ、こちらこそ。・・・金額は、例の通りで大丈夫ですか?」
「大丈夫です。なるべく早くお持ちするようにします」
上司から受け継いだ錬金術。
サブコンから設計事務所へ、事務所から俺に、見返りと言う名の金が流れる。
そのことに、もはや疑いも呵責も無かった。

バルコニーに通ずる窓の向こうに、上司の姿が見える。
「ああ、そう言えば。今度、夏目が部長に昇進することになりまして」
「そうなんですか。・・・おめでとうございます」
相手の声には、驚きと、僅かな畏怖が感じられた。
部長と課長では社内外に対する影響力が大きく変わり、手数も増える為
彼と太く繋がっていくには、それなりの犠牲も必要になってくる。
「また、色々とお付き合い頂ければ・・・」
それを察知した上の、素直な心情なのだろう。
「大丈夫ですよ。私からも言っておきますので・・・宜しくお願いしますね」

ドアの開く気配で、携帯を閉じる。
「相手は?」
「小平の事務所さんです。昇進の件をお伝えしたら、今後とも宜しく、と仰ってましたよ」
「あそこの社長は、物分かりが良いからね」
「本当ですね。これも、夏目、部長のご尽力のお陰かと」
その言葉に、まんざらでもないように笑った彼は煙草に火を点けた。
遠くで雷が鳴り始め、雨は益々激しさを増してくる。
「風邪、引かないようにして下さいね」
「大丈夫だよ」
「体調崩されたら・・・楽しくないじゃないですか」
耳元でそう囁くと、彼は少し目を伏せ、溜め息と共に煙草を消した。


「部長になれば、忙しくなって・・・お会いできる時間も少なくなるかも知れませんね」
「そんな・・・ことは、無いさ」
身悶える身体に手を伸ばしながら、餌を撒く。
「もっと、楽しみましょうね・・・二人で」
頬に唇を寄せると、それだけで彼の身体は小さく強張った。

男の一途な想いを利用して、捻じれた欲求を満たす。
上司の威を借り、泡銭を手に入れる。
近い将来、きっと、この無価値な時間を過ごしたことに愕然とするのだろう。
それでも俺は、このまやかしの夜を手放したくは無い、そう思っている。

□ 36_暴露★ □
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□ 72_虚飾★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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