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幻想★(6/10)

週末の朝、適度に空いた電車に乗り込む。
眠気と、怠さと、刺すような身体の痛みが相まった感覚が、妙に心地良い。
携帯を取り出そうとポケットに手を突っ込むと、数枚の紙片が指に当たった。
やり場の無い夢の代償。
急に現実に引き戻されたような気がして、無理矢理、奥に押し込んだ。

薬と性欲の呪縛から解放された俺の元に残されるのは、数枚の万札。
才能や実力では無く、本能に支払われる対価。
それまで軽蔑していたような行為に加担している事実に不快感は拭えなかったものの
帰り際、黙って手渡される金を、黙って受け取っていた。
でも、使うあても無い、使いたくも無い。
金を握り締めたまま誰もいない家の中を見回すと、居間の一角の棚が目に入る。
小さな頃から続けてきた日課を繰り返さなくなって、どのくらい経つだろう。
申し訳程度に置かれたお菓子と、青白い壺を見下ろしながら、歪んでしまった日常を思い起こした。

ちょっとした好奇心から、壺の蓋を開ける。
もう骨の欠片は残っておらず、僅かに白い粉が溜まっているだけだった。
これが人間の末路。
父も、母も、俺も、いずれこうなる。
急に悪寒が背筋に走る。
咄嗟に万札を放り込み、蓋を閉めた。


男との逢瀬は、父が単身赴任から戻るまで続いた。
父が戻ってくる、そう口にした翌週、彼との連絡手段は突然絶たれた。
初めの内は、快楽の飢えを癒す為に電話をかけ、夜の街で彼を待ったりもしていたけれど
形だけでも元に戻った家族の輪に引っ張られ、時を経るごとに呪縛は和らいでいった。
家族を取り戻す為、自分を取り戻す為、必死に忘れようとしていたのかも知れない。
一度閉めた蓋が二度と開かないように、全身全霊で押さえつけていたのかも知れない。
その試みは、多分、上手く行っていたはずだ。
希望していた大学に入り、そこそこ有名な企業に就職する。
時に流される内に、甘い夢は幻想だったのだと思い込めるようにまでなっていた。


「同窓会はどうだった?」
「みんな歳取ってたなぁ・・・当然だけど」
疲れた顔でそう言った父は、笑いながら自分が買ってきた土産物の和菓子を口に入れる。
「そりゃあ、30年くらい経ってるんだから」
「今振り返ると、昨日の、いや一週間くらい前のことに思えるんだけどな」
「そんなもんかね」

テーブルの上に置かれたパンフレットの間から、小さなメモリーカードが顔を出している。
「これ、何?」
「ああ、同窓会の写真だよ」
カードを指で摘み上げ、彼は何処かしら苦々しい顔した。
「プリントして全員に郵送するより、メディアを配った方が早いだろってね」
仕事でパソコンを使うことには慣れていても
父の年代になると、こういったものをデジタルデータで保管することには抵抗があるのだろうか。
「近くの量販店に、プリントする機械があっただろう?暇な時に、やっといてくれないか?」
「自分で行ったら良いじゃない」
「ああいう騒々しい雰囲気は、好きじゃないんだ」


会の概要が書かれた紙と共に受け取ったメモリーカードの中身を、自分のPCで覗き見る。
社会人になり、父と同年代の人間と付き合う機会は格段に増えた。
その中でも彼は若く見える、そう思っていたけれど
画面の中の大人たちは、実に様々な歳の取り方をしていて、皆が同年代だとは思えない程だった。

ふと目に留まった一枚の写真。
父を中心に何人かが肩を組んでいる後ろに見切れて写る男の顔に、瞬間心が凍った。
歳を取り、円熟味を増したその顔が、記憶を抉り出してくるようで気分が悪くなる。
ウインドウを閉じて、メモリーカードを引き抜き、PCの電源を落としても尚
不気味な影に鼓動が収まらない。

母の古い友人。
父の学生時代の同窓生。
そして、俺の心身を貶めた男。
交わることの無いそれぞれの線が、一人の存在によって繋がれていく不安。
手元の紙に書かれた幹事の連絡先には、忘れかけていた名前と電話番号が並ぶ。
兵藤敏行。
全てが仕組まれていたことなのか。
そんなことあるはずが無い。

煙草を手に取り、火を点ける。
少しずつ震えが収まってきて、冷静さを取り戻す。
窓に目を向けると、映っていたのは成長した自分の姿。
途端に身体中に甘い夢が蘇る。
パンドラの箱の蓋が、少しずつ、動いていく。


スピーカーの向こうから機械的な留守電のメッセージが聞こえてくる。
非通知で掛けたから、わざと出なかったのかも知れない。
10秒ほど言葉に迷い、一言だけ、メッセージを残した。
「煙草、一本、ちょうだい」

□ 70_幻想★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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