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幻想★(5/10)

机の上に置かれた銀色のケースと、電話番号が書かれたメモ。
小さな箱の中には、数本の煙草が入っている。
火を点けないままで鼻に近づけると、甘い匂いが眉間に沁みて
徐々に、忌まわしい記憶が身体中に蘇る。
一秒でも早く忘れたいのに、男の指が首筋を這う感覚が、それを許さない。

男が置いて行った煙草に何かが混ぜられていると確信したのは
勉強に疲れた真夜中、それを吸いながら窓に目を向けた時だった。
闇に映る自分の恥ずかしい姿が、煙の向こうに見えたような気がして
下半身から衝動が湧き上がるのを抑えられなかった。
誰にも言えない欲求を解放する為、足の付け根に手を伸ばす。
これは、きっと、この煙草のせいだ。
こんなの、本当の俺じゃない。
本能に言い聞かせるように、椅子にもたれたまま、自分の身体を慰め始めた。


「君が僕に付き合ってくれれば、お母さんにはもう会わない」
ぶちまけられた性欲の残渣を拭いながら、彼はそう言って俺を見上げた。
「それに」
近づいて来た指が頬を撫で、顎を滑り、喉仏をくすぐる。
「もっと、気持ち良いこと、教えてあげるよ」
未だ甘露な夢心地の頭の中に、その言葉が響く。
酔った母を介抱していた男の顔とは、まるで違う鋭い表情が声を失わせる。
「勉強するのに疲れたら、電話しておいで」


塾の授業が終わったのは、夜の9時過ぎ。
「今日は自習して行かないの?」
同じクラスの女の子が、出口に向かう俺にそう声をかけてきた。
名前は、何て言っただろう。
「ちょっと、用事があるから」
男ばかりの学校生活の中、女と言葉を交わす機会はこんな時くらい。
真剣な眼差しで授業を受ける姿勢は目を引いたし、タイプじゃない訳でも無い。
「何?デートとか?」
それでも、後ろめたさが些細な苛立ちを大きくさせる。
「バカじゃねぇの?」
ふと曇った彼女の表情にやり場の無い罪悪感を引き摺りながら、建物を出た。


友達の家で勉強する。
自宅にいるであろう母に、短いメールを送る。
今までもよくあったことだから、疑われることは無いだろう。
酔っ払いたちが大声を上げながら通り過ぎて行くのを、SLを背にして眺める。
顔を上げると、汐留のビル群が虚勢を張るように夜空に伸びていた。
制服のボタンを一つ外したタイミングで、視界に影が差す。
「お母さんには、ちゃんと連絡してある?」
「・・・大丈夫」
「今日は、帰れないよ」
スーツ姿の男は、そう笑って俺の肩に手を乗せた。

駅から遠くない、微かに水の気配がする辺りのマンションに入る。
慣れた手つきでオートロックのドアを開けた男の後ろについて行く。
彼の自宅だろうか。
俺はこの後、この男とどんな時間を過ごすのだろう。
乗り込んだエレベーターが、静かに階数を重ねる。
「なかなか、度胸が据わってるね」
不意に肩に乗せられた手で、身体が我に返る。
一瞥し、視線を床に落とす。
あまりに大きな不安は却って恐怖心を麻痺させるのだと、その時に初めて知った。


家族の気配が全くしない空間だ、と思った。
通された小さな部屋には、幾つかの家具と小さなテレビが置いてある。
ガラステーブルには、石の灰皿と煙草の吸殻。
スーツの上着をソファの背にかけた彼は、俺の部屋に置いていったものと同じ銀色のケースを取り出した。
「僕があげたやつは、もう吸っちゃったかな」
一本差し出し、俺の方へ向けてくる。
手に取り口に咥えると、唇に拡がる甘みが身体を強張らせた。

ソファに沈みこむように座る俺の顔を、男の手が包む。
「効いてきたみたいだね」
近づいてくる唇を避けることなく、その熱を求める。
シャツの中に入り込んでくる手の冷たさが、心地良かった。
漏れていく吐息が、官能をますます大きくする。
「たっぷり可愛がって貰うと良いよ」
ぼんやりとした意識の中、男の高ぶった声が頭に響いた。

アイマスクをつけられ、男に手を引かれて部屋を移動する。
軽く背中を押された先にいたのは、彼とは違う人の気配。
太い指が首筋から顎に向かって動き、顔が上向かされた。
「なかなか、上物だな」
「その制服、有名な学校のだろ?」
「こんなところで油売ってて良いのか?」
部屋にいるのは、一人じゃない。
耳をそばだてると、小さな小さな音が様々に感じられる。

背後から腰に手を回してきたのは彼なのだろう。
ベルトを外そうとする手に思わず自分の手を添えた。
得も言われぬ恐怖心が、俺を貶めたはずの男でさえも味方に変えたのかも知れない。
声は、出なかった。
けれど、俺の心は見透かされていたはずだ。
「もう逃げられないんだ。それなら、頭まで快感に沈んだ方が、良いだろ?」

息を殺していたような空気が、一気に立ち上がる。
怯む隙も与えられないままでベッドに押し倒された。
流されるしかない、甘い欲求に浮かされた身体は、この夜、初めて男に犯された。

□ 70_幻想★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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