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幻想★(2/10)

「敏典君に、聞こえたら・・・」
物音と共に聞こえた男の声に、集中力が切れる。
「良いじゃない」
「飲み過ぎだよ、真沙子」
「ずっと、待ってたのよ。私」
「それは・・・」

優しい父と、気立てのよい母。
一流企業に勤める家長は郊外に小さな家を建て、経済的にも苦労は無い。
誰もが理想だと言う家族の実態は、外面からでは決して想像出来ないだろう。
何が不満なのか。
どうして父を裏切るようなことをするのか。
「トシユキが突然いなくなって、本当に寂しかったんだから・・・」
頼むから、これ以上肉親を幻滅させることは、止めて欲しい。

席を立った反動で、机上のテキストが音を立てて落ちた。
乱暴にドアを開け、思いの丈を叫ぶ。
「出てけよ!」
こんなに大きな声を出したのは、久しぶりだったと思う。
浮かれた嬌声が一瞬止み、家の中が静まり返る。
再びドアを閉め、鍵をかけ、ヘッドホンから流れてくる音楽で居た堪れなさを押さえつけた。


次の日の夜、顔を合わせた母は、何事も無かったように振る舞っていた。
言い訳も、詫びる言葉も聞くことは出来なかった。
それが、彼女なりの誠意だったのかも知れない。
納得出来る訳も無く、反抗心だけが膨らんでいく。
歯車が狂った時流の中で、逃げ道は更に細くなるようだった。

両親共に、煙草は吸わない。
けれど、家の近所にある小さなタバコ屋で
父に頼まれたと言って黒い箱とライターを手に入れることは簡単だった。
適当な空き缶を灰皿に、煙草に火を点ける。
瞬間、口の中に充満する煙に言い知れない不安が過った。
すぐに吐き出した靄が、目の前からフッと存在を消していく。
眉間の辺りがぼんやりするような感覚が纏わりついて離れない。
不快感を手繰り寄せるように、幾度も煙を吸って、吐いた。
やがて、2、3本吸う内に、徐々に違和感が緩和される。
力でも、言葉でも、親に反抗出来ない弱い自分にも出来る、些細な抵抗。
そんな思いが、煙と共に部屋の中に消えていった。


あの男と再び顔を合わせたのは、初めての訪問から1ヶ月ほど経ってからのことだった。
帰って来ない母を心配することも無くなる程、一人で過ごす夜が増えた時期。
二人の関係が未だ続いていることは分かっていたけれど
気を遣っているのか、それまで彼が家に顔を出すことは無かった。

真夜中近くに開いた玄関のドアの音と、癪に障る甲高い笑い声に呼ばれ、自室を出る。
三和土に座り込んだご機嫌な母を、その男は抱えるように立っていた。
「お母さん、少し、飲み過ぎたみたいでね」
詫びる言葉を口にした彼の表情は、何か困った風で、まるで同情を誘っているように見える。
それが却って、二人への想いを頑ななものにした。
「・・・そう」
「休ませてあげて、くれないかな」
「あんたがやれば」
君の気持ちは分かる、でも。
そう言いたげな溜め息が玄関に響く。
「じゃあ・・・お邪魔するよ」
「どーぞ、ご勝手に」

階下の二人が何をしているのか、想像するだに吐き気がするようだった。
どんな振る舞いが自分を納得させるのかも分からないまま、煙草に縋る。
父が帰ってくれば、こんな最悪な時間は終わるのだろうか。
もしかしたら、離婚、なんてことになったりするんだろうか。
幾ら考えても無駄なことに、思考回路が奪われていくようだった。


不意に聞こえたノックの音で、思わず振り返る。
「敏典君、まだ、起きてるかい?」
正体不明の男に呼ばれた名前に、咄嗟には反応出来なかった。
「良ければ、灰皿を貸してくれないかな」
「・・・そんなもん、無いよ。親父は煙草、吸わないから」
手に持っていた短い煙草を机の上の灰皿に押し付ける。
とっとと出てけ、そう口から出そうになるのを必死で堪えていた。
「そうか・・・でも、君は吸うんだろ?」

子供のすることなんて、全てお見通しだ。
そんな態度が、悔しく、腹立たしい。
「自分では気が付かないのかも知れないけど、髪や服についた臭いは、結構消えないもんなんだ」
「・・・だから、何だよ」
「一本吸ったら帰る。約束するよ」

嫌悪感の中に僅かに覗く彼への好奇心が、ドアノブに手をかけさせる。
けれど、この扉を開けることが、拭いきれない一生の咎になることが分かっていたならば
皆が悪夢を見ることになると気が付いていたのなら
俺は、必死でその感情を、抑え込もうとしていたはずだ。

□ 70_幻想★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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