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片生(5/5)

社内の状況と、部内の心情を鑑みた上で、送別会も無いまま迎えた退職日。
冷たいもんだよな、進路が確定した後で連絡を取った元・同期が笑っていたことを思い出す。
「ご苦労様です」
社員証、社章、その他細々した備品を差し出した俺に、総務の女は無愛想な態度で言った。
これが、会社からの別れの言葉、そう思いながら、その場を後にする。

エレベーターのタイミングを逃し、階段で自フロアまで上がる途中。
ふらつきながら階段を下りてくる男が見えた。
「・・・大丈夫?」
俺の言葉に足を止めた彼は、ゆっくりと顔を歪ませ、真っ直ぐに俺を見る。
「いえ」
前日まで風邪で欠勤していた後輩の身体は、まだ万全ではないのだろう。
僅かに紅潮した顔と深い息遣いを見ていれば、容易に想像がつく。
それでも、今日だけは、と思ったのか。
踊り場で手すりに寄りかかり一息つく彼に、居た堪れなさが募った。

浅い傷で済んだのかは、分からない。
俺の決意を聞いた後でも、彼の態度に大きな変化は見られなかった。
仕事にも真面目に取り組んでくれたし、今までの様に昼食も共にする。
ただ、口にする話題は殆どが過去のことで、将来に踏み込んでくることは無かった。


「何の用事?僕が代わりに・・・」
傍に立ち、そう問いかけた瞬間、彼の身体が傾く。
咄嗟に抱えた上半身から、酷い熱気が伝わって来た。
「紺野君」
「結局・・・最後まで、頼ることしか・・・出来なかった」
「え?」
「どうして、ですか?オレが、年下だから?経験が足りないから?仕事が、出来ないから?」
崩れそうな震える声を、彼は絞り出す。
「辛いのなら、頼って、欲しかった。支え合って・・・行きたかった」
偽りの無い、彼の気持ち。
どの答えも正しくて、どの答えも間違っている。

「君を支えるのが、僕の役目なんだよ」
「じゃあ、古屋さんを、支えるのは、誰ですか?」
自立することを求められ、頼られる存在になることを期待され、益々孤独になる立場。
それがサラリーマンとしての成長の過程であると思ってきたし
それを実感する度に、不安の中でも自分の矜持が保たれてきた。
「どうして、オレには、それが・・・出来ない?」
だからこそ、どんなにきつくても、その選択肢は選べなかった。

不意に、涼しげな笑顔が脳裏に浮かぶ。
古傷を抱えながら、それをバネに伸し上がる強さを持った男。
今の俺を分かってくれる、支えてくれている、唯一の存在。
俺は、彼ほどの強さは、持っていない。
「君には、重荷になる。それに・・・」
仮に俺が彼を頼り、彼が支えきれなかったら。
若い彼がそれでも良いと思っていても、共倒れは、許されない。
最後の最後に踏ん張れる足場を、俺はまだ、固めきれていないと思っている。
「僕も、まだ・・・未熟だからだ」
苦しげな呼吸を宥めるように、背中を擦る。
大切な者に、特別な感情だけを残して去って行くことが如何に残酷か。
やっと、その言葉の意味が素直に飲み込めた。
この酷く苦い味を、きっと、彼は分かってくれないだろう。
静かにしゃくり上げる彼の身体を支えながら、これで良いと、自分に思い込ませた。


「新しい会社には、そろそろ慣れましたか?」
ネクタイを緩め、無防備な首元をワイシャツから覗かせながら、彼は相変わらずの笑みを見せる。
「まだまだですね。民間の会社とは、やっぱり何か違う感じで」
9月を過ぎたと言うのに、殺人的な暑さが続いている。
身体に沁みるビールの冷たさが、一瞬の快楽をもたらしてくれた。
「民営化したとは言え、長く行政側にいた組織ですからね。それは仕方が無いかと」

エージェントと求職者、その関係が終わった後でも、彼は何回か連絡をくれていた。
待遇や労働状況が契約通りであるかを確認する為でもあったのだろうが
些細な悩みや愚痴まで受け止めてくれる優しさに甘える内に、ちょくちょく顔を合わせるようになった。

「そういえば、今度・・・前の会社と、仕事をすることになりまして」
相談しても、結論は変わらない。
そんな話でも、彼は静かに手を差し伸べてくれた。
「同業種に転職すれば、そういうこともあるでしょうし・・・古屋さんも、おっしゃってましたよね」
「ええ、覚悟はしていたんですが」
目を伏せた俺の手に、彼の指が霞める。
「過去を清算出来る、チャンスが巡って来たんじゃないですか?」
「え?」
「外してしまった筋交を、もう一度掛けることが出来るかも知れませんよ」


法人が抱える団地の大規模修繕。
全体的に経年変化が著しく、住人を一時移転させての大がかりの工事になる。
その設計を、古巣の会社へ下請けに出すことになった。
「お待たせしました」
事前にメールは貰っていたから、心の準備は出来ていた、はずだった。
打ち合わせスペースに入った俺に、立ち上がり頭を下げる姿。
1、2ヶ月ぶりの再会は、得も言われぬ緊張感を心に纏わせた。

多分、彼も同じように落ち着かなかったのだろう。
慣れたはずの流れもぎこちなく、淀んでいたような気がする。
「不明な部分については、連絡貰えれば」
「分かりました」
手元の資料を整理しながら、彼は俺に躊躇いがちな視線を送る。
未だに窺える後悔の念が、見て取れるようだった。
何かを言いかけ、会社名の変わった俺の名刺を寂しげに見つめる、今でも大切な存在。
堪らず、声を掛けた。
「僕のこと、支えてくれる気は・・・まだ、ある?」
顔を上げた元の後輩は、驚きを隠せないままで唇を震わせる。
「・・・もちろん」

経験があるとは言え、この会社では新参者だ。
足固めも一からの中、勝手知った古巣に頼ることが出来るのは、心証はどうあれ大きかった。
そして何よりも、再び彼と共に仕事が出来る。
互いに社会人としては、片生りの存在。
「頼りに、してるよ」
距離が離れ、双方にかかる応力は少し、減ったように思う。
時を経て成熟した時、きっと、支え合える関係になれる。
真っ直ぐに向けられた眼差しが、それを期待させてくれるようだった。

□ 69_片生 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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