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片生(4/5)

あのビルに入居する、それらしき会社名。
殆ど聞くことの無い珍しい苗字。
真実はすぐに明らかになる。
チーフエージェント、と画面の中で紹介された男の写真を、後輩の肩越しに見ていた。

「これって、あれですよね。人材紹介して、会社からキックバック貰うってやつ」
ホームページを雑にスクロールさせながら、振り向くことなく紺野は声を上げる。
「あんなつまんない嘘、つくなんて」
「いずれ、言おうとは・・・」
「そのタイミングは、幾らもあったと思うんですけど」
確かに、彼は部署の中でも特に懐いてくれている。
昼飯を一緒にとることも多いし、たまに飲みに行くこともある。
事ある毎に相談に乗り、面倒だと思うことも無くは無かったけれど、頼られることが嬉しかった。

振り向いた彼の表情は、やはり、何処か悔しげだった。
「僕、そんなに信用できませんか?」
「そういう意味じゃ、無いよ」
「じゃあ、どうして、ホントのこと言ってくれなかったんですか?」
荒くなる語気を抑える様に、彼の肩に手を添える。
たった一つのアドバイスを実行することは、諦めた。
「・・・少し、話そうか」


会社が入るテナントビルの1階には、チェーン店のコーヒーショップが入っている。
エントランスホールの片隅に置かれたテーブルに、アイスコーヒーを2つ置いた。
「明日、退職願を出すよ」
俺の決意表明を聞いた後輩の眼に、濁った感情が宿る。
「いつ、辞めるんですか」
「来月末、と考えてる」
「そうですか」
コーヒーを一口含んだ彼が俯きながら問う。
「あの時、会わなかったら・・・直前まで、黙ってるつもりだった?」
「・・・そうだね」
「そういうのって、何か・・・相談とか、して貰えるもんだと思ってました」

告げてしまおうかと言う衝動には、何回も駆られた。
上司と部下の板挟みになる中間管理職。
愚痴を聞く事は出来ても、愚痴を聞かせる事は出来ない立場。
引き留めの言葉が陳腐な自尊心をくすぐり、決断を霞ませることも分かっていた。
だからこそ、言えなかった。
「下手に君を悩ませるようなことは、したくなかったんだよ」
「でも、覚悟も何も無いまま聞かされるよりは、マシです」
「引き留めようと・・・するだろう?」
「そりゃ、そうですけど・・・事務的に、辞めます、なんて言われても、納得出来ません」
駄々をこねる子供の様にムキになった口調が、真っ直ぐにぶつけられる。
「古屋さんが決めたことに・・・もう、とやかく、言いません。でも、僕は」
テーブルの上に手を組み、彼は上目づかいで俺を見る。
「・・・隠し事されてたことが、悔しい」

若い彼に、逃げだと断罪されるのが怖い。
けれど、会社を去る理由を、理論づけて説明することも難しい。
察してくれと言うのは、あまりにも自分勝手だ。
信頼されていることに甘え、裏切りの境が見えなくなっていたのかも知れない。
「申し訳ない・・・でも、僕なりに、考えたことなんだ」
瞬間、眼差しが一気に鋭くなる。
怒りの矛先が向けられたのは、多分、俺ともう一人の男。
「あの人に、言われたんですか?他の奴には言うなって」
「そうじゃない」
「示し合わせたように、誤魔化してたじゃないですか」
「あれは・・・」
「赤の他人より、信用されてないんですね。何年も、一緒だったのに」
「違うって、言ってるだろう?」
わざとらしい大きな溜め息を吐きながら、彼は立ち上がる。
「座るんだ」
「もう、良いですよ。このまま聞いてても・・・」
怒りを通り越した先に見せた表情に隠れていたものは、何だったのか。
一瞬言葉を詰まらせた彼は、俺に背を向けて呟いた。
「傷が深くなるだけなんで」


居た堪れなさを抱えながら提出した退職願は、思いの外、大きな衝突も無く受理された。
その日の昼休み、エージェントから採用の連絡が届く。
何もかも、上手く行っている。
ただ一つのことを除いて。

「浮かない顔ですね。もう少し、喜んで頂けるかと思ってましたが」
珍しく上着を脱いで俺の向かいに座る中年の男は、そう言って微笑んだ。
「え、いや・・・ホッとしてます、本当に」
必死で作った笑い顔の意味を、彼は察してくれただろうか。
「こんな時にこんな事を言うのも、何ですけど」
その表情は、全てを受け止めてくれるような、穏やかなものだった。
「どうして人間って言うのは、しなくても良い後悔まで、掘り起こしてしまうんでしょうね」


似ているのだそうだ。
彼が残してきた大切な存在と、大切な存在を置き去ることに悶える男。
「デキる人間なのに、それを認めようとしないところ、とかですね」
幾つかある共通点をそう話しながら、彼は目を細めた。
「自分が後押しすることで一気に伸びるんじゃないかと思わせるような存在、と言うか」
過去の面影に思いを馳せるよう、一つ溜め息を吐く。
「ご法度なんでしょうけれど、どうしても、ね」

求職者に私的な感情を抱くことは、エージェントとしては失格なのだと彼は言う。
優秀な人材を発掘し、それをクライアントに紹介し、会社としての評価を上げる。
そのビジネスモデルを確立する為には、感情論を極力排除することが重要になる。
一人の人間に肩入れすることは、会社間にあって、不利益にもなりかねない。

「私は、あの選択は間違っていないと今でも思っています。でも、何処かで引き摺っているんでしょう」
感情に流されず、自らの利をもって登って来た道。
「古屋さんを見ていると、少し、揺らぐんです」
「揺らぐ?」
「今度、こそ、信頼を失いたくない。その為には、利を捨てても情に流されよう、と」
裏切りへの後悔を滲ませた眼が向けられる。
「呵責に耐えるのは、辛いかも知れません。でも、必ず、私が支えます」

□ 69_片生 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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