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玩弄★(8/9)

異動一ヶ月前の辞令は、ウチの会社では相当早い方だろう。
同期から話を聞いていたので、俺の中での心の準備は出来ていたけれど
上司から言い渡された時の部署の雰囲気は、驚きに満ちていた。


「今度さ、インドネシア、行くんだよ」
前の週末。
「海外旅行か?」
「違うよ、仕事」
珍しく飲みに誘ってきた海老名は、笑いながら酒を呷った。
国際支援関係の大規模計画がある話は聞いていたが
現地に支社がある訳でも無く、一建材メーカーであるウチの社員が現地に赴くことは無いと思っていた。
「ゼネコンの下で、現地に合わせた材料の開発をするんだってさ」
「お前が?」
「・・・そ。いくつか来るメーカーの統括しろって」
期間は3年。
戻って来た時には、課長か、それクラスの役職が待っているのだろう。
やりがいに満ちた栄転、他人事ながら、そんな印象を受けた。

「で、さ」
俺の手元のグラスに氷と焼酎を入れた彼は、ふと神妙な表情を見せる。
「開発の方で、人を一人補充しようって話になったんだよ」
「へぇ」
「お前のこと、推しといたから」
「はぁ?」
「開発に興味あるって、言ってただろ?」
入社以来、ずっと営業一筋。
確かに当初は開発を希望していたけれど、自分は営業向きだとやっと思えるようになってきた。
「そんなの・・・突然過ぎるだろ」
「オレだって、言われたの先週なんだぞ」
「何の経験もねぇし、若くもねぇのに、何で俺なんだよ」

戸惑いを口にした俺を見ながら、彼は煙草に火を点ける。
「稲富さ、新しいこと始めるのに、一番必要なものって何だと思う?」
「え?・・・知識とか、興味とか・・・」
煙を吹き出しながら微笑む顔は、悔しい位に大人で、穏やかだった。
「度胸だよ」
「・・・度胸?」
「オレも、海外事業なんて初めてだし、英語だって得意な訳じゃ無い」
滅多に無い、不安を吐露する同期の姿。
「でもさ、踏み出したら何とかなるんじゃないのかって、思うようにしたんだ」

仕事も出来る、人間的にも出来ている。
些細な弱点を探り出そうとしていた浅はかな俺とは、全く違う。
やっぱり、こいつには叶わないんだと思い知らされた。
「稲富なら、商品知識もある、実力もある。それに、度胸もあると、オレは思ってる」
「・・・買いかぶり過ぎだろ」
「そうじゃない。お前は、自分を過小評価し過ぎてるんだよ」
それは、新人の頃から言われ続けてきた自分の欠点。
「新しい所で、能力を再確認する良い機会じゃないか」
灰皿で煙草を揉み消し、自身のグラスを手にした彼は、俺のグラスに縁を当てて音を立てる。
「まだまだ先は長いんだから、折角の心機一転を楽しもうぜ」


引き継ぎ期間に余裕があると思いきや、異動に伴う研修もその間に含まれる。
結局は、賞味二週間ほどしか自分の時間を取ることは出来ないようだった。
営業職から開発への異動は、殆ど例の無いことなのだと言う。
これも、海老名の力添えがあったからなのか。
不安も尽きないけれど、彼の言葉が、背中を押してくれるようだった。

「・・・お先です」
「お疲れ」
背中合わせの位置に座っていた後輩は、そう言って席を立つ。
終電も間近な時間、部署には、もう俺と彼しか残っていなかった。
顧客リストはまだ整理しきらない。
タクシーも辞さない、そう覚悟を決めてパソコンに向かい直した時だった。
「知ってたんですか?」
背後から声が掛けられる。
「何を?」
振り向かずに、問を返した。
「異動の、こと」
「先週、聞いた」
「どうして・・・言ってくれなかったんですか」

海老名から件の話を告げられた夜、俺は氏家と変わらず倒錯の時間を過ごした。
話す機会は、確かにあった。
それでも、言えなかった。
話してしまえば、彼の中で何かが変わる。
もしかしたら、この身体すら俺から離れて行くんじゃないか、そう思って、言えなかった。

「言って、どうなる」
そう言う俺に、彼は言葉を返さなかった。
「・・・お前には、関係ないだろ?」
鞄か何かが落ちる音が、思わず身体を振り向かせる。
その瞬間、俺の肩口を両手で掴んだ彼は、そのまま身体を力任せに机へと押さえつけた。
「氏家っ」
「大ありでしょ」
予期しなかったことに狼狽える俺とは対照的に、彼は至って冷静に見えた。
椅子の背が軋み、身体が滑ると共に紙の擦れる音が頭を掠める。
股の間に捻じ込む様に自身の膝を座面に乗せ、後輩は更に体重をかける。
「何・・・してんだ。離れろ」
「嫌ですよ」
システム天井のライン照明が、急激に大きくなる後輩の頭に遮られる。
混乱の中で、俺は、初めて彼と唇を重ねた。

□ 68_玩弄★ □
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□ 74_挑発★ □
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コメント

非公開コメント

ご丁寧な返信ありがとうございます。

思わず書き込んでしまった小説の感想とは縁遠いようなコメントに丁寧にレスくださり、ありがとうございます。
読み直してみますと、「いい大人がこれはまるでマスターベーションじゃないか」と汗顔の至りです。

この2人も最終章で新しく一歩を踏み出しそうですね。

暑さはまだまだ続くとのこと、お体大事にお過ごしください。
期待しております。

きっかけ。

自慰行為をネット上に公開しているような私にとりましては
自分が書いた文章が、誰かの日常の中で、何かのきっかけになると言うことが
とても幸せなことだと思っております。
本当にありがとうございました。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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