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偽名★(7/10)

「幸せに道徳の徳。名前だけは立派だ、ってね、よく言われたよ」
そう笑う彼を見て、男らしい名前だと素直に思った。
「でも、家族くらいにしか、名前呼ばれることなんてないから」
「友達とか・・・恋人とか、は?」
「学生の時の友達連中は苗字で呼んでくるし・・・」
拭いたばかりの乱雑な前髪の向こうの彼は、一瞬何かを考え、視線を絡ませる。
「ジュンは、男と付き合ったこと、ある?」

ある訳がない。
声に出すのは、彼を傷つけるような気がして出来なかった。
軽く見上げながら首を振る俺に、彼は何処かしら諦めた様な、そんな眼を見せる。
「相手に恵まれなかったのか、僕に問題があるのか、分からないけど」
額を撫でる彼の手が前髪を掻き上げ、視界が晴れた。
「何回か関係持ったら、終わりっていうのが多くて。名前呼ぶような仲まで、行かないんだ」
「・・・そう」
「だから、ジュンには、名前を聞いたんだよ」
「え?」
「離したくないから。もっと、君に、近づきたいから」


薄く震えた声が、躊躇いと共に口から出ていく。
「・・・触って」
指の感触がゆっくりと、粘る様に纏わりついた。
直接的な性感が肩口に走らせた寒気を、彼の体温が和らげる。
首の後ろを回った腕が肩を抱え、指が再び乳首を摘む。
快楽で歪む空間の中に彼の顔が入り込み、大きくなり、やがて重なる。
唇の間から入り込んで来る舌に、なされるがまま、欲求を絡ませた。

荒い呼吸に混ざり込む喘ぎと、互いの唾液が混ざり合う水音が、昂ぶりを激しくしていく。
惑う手が、彼の部分に触れた。
長く続けてきた、独りよがりの自慰行為とは違う。
硬くなったモノに指を遊ばせる俺に、彼は囁く。
「僕のも・・・触って」
声に押されるよう、軽く握り締め、上下に手を動かす。
溶けるような、低く、淫靡な吐息が、耳元を甘く刺激してくれた。

何となく悶々として、つかの間の快感を愉しんで、射精して我に返る。
男の本能が求めるプロセスは、あくまでそれで完結する。
けれど、単純だと思っていた一連の行為は、傍に他人がいることで複雑なものになっていく。
俺の恍惚が彼の官能となり、彼の興奮が俺の昂ぶりを促す。
ここにあるのは、性欲をぶつけ合うだけの獣の様なセックスとは違う、心と身体の探り合い。
「ん・・・は、ぁ」
「気持ち、良い?」
「・・・う、ん」
知らなかった悦びを優しく暴く彼の舌に、俺は、飲み込まれる。

「・・・っ、ごめん」
彼のモノを緩慢に扱く俺の手に、その手が重ねられた。
勢いを促すように、力を込める。
歪む顔に唇を添えながら、行く末を見届けた。
程なく噴出される、苦しげな息と精液。
掌に纏わりつく充足感の証しに、羨ましさが募った。
他人の体液に塗れた手を、自分のモノに添える。
ヌルヌルとした感触と、汚らわしさが呼び起す背徳感。
「おいで」
肩で息をする彼の声と、追いかけるようにやって来た手が、一気に高みへと引っ張り上げる。
こんな絶頂を知ったら、俺はもう、元に戻れないかも知れない。
くだらない不安は、やがて達した限界点で、儚く消え去っていった。


基本土日休みの俺と、完全シフト制勤務の彼。
「おはようございます。いつもので、良いですか?」
「ええ、それで」
一緒にいられる時はあまり無く、けれど、コーヒーの香りを纏う彼と一言二言交わすだけでも
心は十分に満たされた。

「恋でもしてるのかしら?」
大きくスリットの入ったワンピースを着た俺に、ケニーママは意味ありげな笑みを浮かべた。
「別に・・・そう言う訳じゃ」
「羨ましいわねぇ。ミヤコちゃんを抱ける男がいるなんて」
「え?」
「冗談よ。アタシも、久しぶりに男の腕の感触を味わいたいわ」

あの夜から、女装した姿を彼に見せることは無かった。
素のままの自分を求めてくれることが嬉しくて、無意識の内に、演じることを避けていたのだろうか。
罪悪感が和らぐ気がする、そう言った彼の表情が思い出された。
クラッチバッグに入れていた携帯電話がメールの受信を報せる。
『今日は少し早く上がれそうなんだけど、ちょっと会えないかな』
予期せぬ興奮が、薄布の中に籠もる。
裾をたくし上げる妄想の手の気配が、身体を震わせた。
「ママ、この間のサンダル、借りても良い?」
「ええ、良いわよ」
俺の頭を軽く撫でて、彼は立ち上がる。
「いっぱい、愛されていらっしゃい」

□ 64_偽名★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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