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偽名★(5/10)

「アタシね、本名はケンって言うのよ。男らしくて、素敵な名前でしょ?」
店を訪れるようになってしばらく経った頃、隣に座ったケニーママは、そう笑った。
「あなたのお名前は?そろそろ、教えてくれない?」
「名前・・・?」
「そ。お化粧して、素敵なお洋服着て、可愛い名前で呼ばれれば、現実逃避完了」
元々中性的な響きの名前が、嫌いな訳じゃ無い。
ただ、劣等感に拍車をかけていたことは確かで、他人にその名前を呼ばれることは、苦手だった。
つまらないことに迷いあぐねる俺に、彼は救いの手を差し伸べてくれる。
「忘れられない恋人とか、憧れの女優さんとか、そういうのでも、良いのよ?」

その時は、あまり深く考える事無く、名前を口にした。
俺にとっての、初めての女。
俺が男であることを知らしめてくれた存在。
眼鏡を外し、スカートを穿き、紅を引いたとしても、本当の自分を見失わないように
知らず知らず、防衛線を張っていたのかも知れない。
「ミヤコちゃん?イメージにピッタリね」
「・・・ありがとう」
「昔の女?」
「それは、内緒」
けれど、名前を呼ばれる度に思い起こされるのは
彼女の中で味わった快感と、勝ち誇ったような、蔑むような視線を送る表情だった。

中学卒業と共に縁が切れた彼女の現況を聞いたのは、帰省の折、偶然顔を合わせた旧友からだった。
違う高校へ進んだ彼女は、在学中に同級生の子供を身ごもり、中退。
その後、離婚・再婚を繰り返し、今では子供と共に実家に戻ってきていると言う。
地元の歓楽街で風俗に身をやつし、夜な夜な男を漁っていると噂を立てられているらしい。

同情する気持ちは、微塵も無かった。
いい気味だ。
そう思った直後、酷い自己嫌悪に苛まれる。
幼いプライドをズタズタにされた憎しみを、未だに引き摺っている弱い自分。
毎晩、衣装を脱ぎ捨てることで、影が消え去っていくような気がする。
その実、名を騙ることで溜飲を下げているのだと気が付くまでに、時間はかからなかった。


タクシーの窓を横切るのは、見慣れない景色。
彼の肩に顔を寄せたまま、響いてくるその鼓動を感じていた。
腰に回された腕に力が籠もり、二人の隙間がより狭くなる。
この結末がどうなるのか想像もつかないまま、夜は流れていく。

比較的新しいマンションのエントランスに、靴音が響く。
言葉を発することも無く、彼の後に続いた。
「無理言って、すみません」
彼の口からそんな言葉が出たのは、エレベーターに乗り込んですぐのこと。
緊張していたのだと思う。
咄嗟に声が出なかった俺には、首を横に振るのが精一杯だった。


カウンターキッチンから続くリビングダイニングには、微かにコーヒーの香りが漂っている。
「少し、待ってて下さい」
彼はリビングに置かれたソファを指し示しながら、言った。
強張る笑みを見せて、促された通りに腰かける。
窓に映る自分の姿に、高層マンションと、白くぼやける電波塔が重なって見えた。

ローテーブルに置かれる二組のコーヒーカップ。
鼻に深く入り込む刺激が、気分を落ち着かせてくれるようだった。
微妙な距離を取って隣に座った彼は、静かに息を吐き、目を細める。
不安な気持ちを抱えているのは、俺だけでは無かったのだろう。
いただきます、そう言ってコーヒーに口をつける。
程よい苦みと酸味が喉を刺激し、酒に浮かされた頭が僅かに冴えてくる。
「・・・どうして」

あの街を、あの時間に一人で歩くことの意味が分からない訳ではなかったし
毎朝顔を合わせる得意客、それ以上の感情を彼が持っていることは、確かだった。
わざと目を背けてきた、同性からのアプローチ。
――― 犯されたくて、うろついてんだろ?愉しませてやるよ。
――― 男に脱がされるの、待ってるの?
心の奥から否定することが出来なかった言葉が蘇る。
彼になら、そんな気持ちが、目の前の顔から視線を外させた。

「ずっと前から、気には、なっていたんです」
ソファに座り直す様な音を立てながら、彼はそう呟く。
「でも、僕は・・・自分の感情を真っ向から受け止めることが出来なかった」
カーディガン越しに添えられた手の感触に、顔を上げた。
「あなたにも嫌われたくなかったし、自分が、同性愛者であることを認めるのも、怖かった」
酷く切なげに顔を歪めた彼は、溜め息をつくように声を絞り出す。
「こんな言い方・・・失礼かも知れませんけど」
「・・・はい」
「その姿のあなたを見て、自分の中の罪悪感みたいなものが・・・少し、和らいだ気がして」
「女も、好きになれる、と?」
「ええ」
複雑な気分だった。
女の格好はしているけれど、女になりたいと思っている訳じゃない。
俺の中に女を求められたとしても、それに応える術は、持っていない。

「でも、私は・・・」
「分かってます。自分でも、分かりきっているんです。結局、僕は、同性にしか惹かれないと」
肩から滑り落ちる手が、俺の手に重なる。
甲を撫でる指に呼ばれるよう、裏返し、握り締めた。
「あなたが・・・好きです。あなたに、愛されたい」

□ 64_偽名★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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