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偽名★(4/10)

街はすっかり夏の装いで、とは言え、薄着には抵抗がある。
ホルターネックになっているロングのワンピースの上にカーディガンを羽織ると
全身鏡に映る自分の姿は、やけに暑苦しく見えた。

「久しぶりねぇ、ミヤコちゃん。もう、来ないのかと思って心配してたのよ?」
満面の笑みで出迎えてくれたケニーママは、細い煙草を咥えながら近づいて来る。
赤いスパンコールに飾られたベアトップを巻いた上半身が、キラキラと鮮やかな光を振り撒いていた。
「ごめん、ちょっと、仕事が」
「なら、良いけど。・・・あんなことがあったから、傷ついたんじゃないかって」
「ううん、もう、大丈夫」
大きな手で俺の頭を撫でた彼は、少し顔を近づけて愉快そうに囁いた。
「アイツね、ちょっとシメてやったから」
「え?」
「アタシたちを甘く見てると、痛い目見るわよ、ってね」
屈強そうな二の腕に目が行った。
恐らく、男同士のトラブル解決法として、最も簡潔で、最も効果的な手段を取ったのだろう。


繁忙期を超えた解放感からか、週末の夜だからか。
いつもより、酒の勢いが早かったような気がする。
「ちょっとぉ、その格好、暑苦しいわよ?」
ご機嫌な様子で来店した集団が、そう俺に笑いかけてきた。
「そう、かな」
「せっかくセクシーな服着てるのに」
その中の一人が隣に腰かけ、カーディガンに手をかける。
「男に脱がされるの、待ってるの?」
「そんなこと・・・」
悪戯な言葉に、あの男の顔が浮かぶ。
思いも寄らない願望が、気持ちを居た堪れなくした。

「ほら、あんまりちょっかい出さないで」
ビールジョッキを抱えたママの声に、女装子たちが笑い声を上げた。
「だって、ついイジメたくなるのよね」
「可愛いんだもん」
「女装の嫉妬は見苦しいわよ」
客に対しても平気で辛辣な声を浴びせる。
それが出来るのも、彼が持つ絶大な信頼あってこそなんだろう。

「そうだ、ママ。また、外に例の男がいたわよ」
バーテンから不気味な色のカクテルを受け取った男が、怪訝な顔を見せる。
「また・・・?でも、何かされた訳でも無いんでしょ?」
「そうだけど」
「女装する感じには見えないわよね」
「あたし、ちょっとタイプかも」
「ええ?ホントに?」
「あのガタイなら、ガンガン突いてくれそうじゃない?」
「アンタ、そればっかり」
一ヶ月ほど前から現れるようになった男。
何をする訳でも無く、店の前の道路にしばらく佇んでいると言う。
「誰か、探してるのかも知れないわね」
パッションピンクの口紅に彩られた唇から細く煙を吹きながら、ママは寂しげな笑みを浮かべる。
「でも、この街の出会いは、一期一会。そう思わなきゃ、やってられないわ」


もう、外には出ないと決めていた。
それでも、予感が決意を覆し、扉を開け放つよう心を急かす。
夏の夜の熱気を全身に感じながら、ネオンに照らされた道路に目を凝らした。
やがて見つけた、喧騒の向こうに佇む男。
車止めポールに寄りかかったまま、切なげに俯く彼に近づいた。

「あの・・・」
俺の声に顔を上げた彼と、視線が絡む。
彼は僅かに驚きの表情を見せながら立ち上がり、目を細めて小さく手を差し出した。
手を伸ばし、指先が触れた瞬間、俺の身体は彼の中に引き寄せられる。
まるでスローモーションのように、感触に遅れてやってくる感情。
「・・・やっと、会えた」
安堵が混ざる彼の声が、やっと全てを現実の枠に嵌め込んでくれた。

胸の昂ぶりが、酔いを巡らせたのだろうか。
二本の腕から解放された身体は、自力で立つのが難しいほどの倦怠感に襲われた。
体勢を崩した俺を、彼の腕が支えてくれる。
「大丈夫ですか?」
「すみません・・・ちょっと、飲み過ぎたのかな」
髪の毛に唇を寄せながら、彼は呟く。
「・・・送ります。家まで」


非日常をワンピースの裾に引き摺りながら、街を離れる。
仕事用のビジネスバッグを持ち、スーツが入ったキャリーを引く彼の横を歩く。
おぼつかない俺を支える様、彼は荷物を片手にまとめ、反対の手で俺の手を取った。
優しく握られた手の感触が不安を包み、縺れる指が、今まで感じたことの無い官能を芽生えさせた。
男を相手に性的欲求を感じたことは、無かったと思う。
大きすぎる好意が、何処かで捻じれてしまったのだろうか。
それとも、彼が持つ俺への想いを、歪めた形で受け止めてしまっているのだろうか。
彼は程なく現れたタクシーの車列に視線を向けた後、俺を捉える。
「一つ・・・我が侭、聞いて貰えませんか」

□ 64_偽名★ □
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男性の考える女性美

歌舞伎が好きなので、京都の南座や大阪の松竹座で時々観ます。
女形の流れるような曲線の動きを女性がすると、くねくねとして却って気持ち悪いですね。
しかし、男性がすると、芸の力もあって清々しさと妖しさが混ざり合った魅力に目が釘付けになります!

樋口の女装も、儚げな清純さと妖しさの混ざり合った魅力で、ある種の男性を誘蛾灯のように惹き付けるんだと思います。

ところで、ワンピース・スカートのほうがジーンズなどのパンツよりも男性受けが良いように思います。実際、私も声を掛けられた時は、いつもワンピース・スカート姿です。

「綺麗」だと男性に言われると悪い気はしませんが、最近、綺麗と言った同じ男性に「優しい」と言われて、ビックリする程嬉しかったです。
女性馴れした人なんでしょうね、きっと!
まべちがわさんは、黒革のロングコートの女性には声を掛けにくいんですね?シャイな方なんですね?

らしさ。

男は女に "女らしさ" を求め、女は男に "男らしさ" を求める。
昨今ではそんな意識も薄れているのかも知れませんが
根底には、確実に流れているものだと思っています。
だからこそ、男が作り出す女、女が作り出す男は
より魅力的な印象を与えるのではないのでしょうか。

シャイと言うよりは、若干人見知りをする性質です。
男女問わず、知らない人に声を掛けるのは勇気が要りますね。

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嬉しくも悩ましく。

>4/20にコメントを頂いた閲覧者様へ

風邪の具合はいかがでしょうか。
また少し気温が下がるようですので、どうぞご自愛ください。

頂いたリクエスト、承りました。
今までにあまりないシチュエーションなので
お言葉を噛み砕きながら妄想を広げて、文章にしていきたいと思います。
お届けできるのは少し先になるかと思いますが
のんびりお待ち頂ければ、幸いです。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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