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形影(2/4)

風の匂いが、明らかな冬の気配を運んでくる。
テナントビルの屋外階段に置かれた灰皿の前で、先輩と二人、煙を吐き出す。
雑多に並ぶ建物が歪な夜景を作り出し、露骨な色のネオンが鄙びた雰囲気を強調していた。

私鉄の高架を挟んだ向こう側に見えるラブホテルには、忍ぶ様に出て来る一組の男女。
残業中の哀れな男たちの視界に収まっていることなど、当然知るはずも無い。
興奮冷めやらないのか、寒風の中、外灯の下の影が一つになる。
顔がはっきり見える位置ではないにせよ、何をしているのかは一目瞭然だった。

「ああいうの、もうすっかりご無沙汰だな」
吐き捨てるように言った彼の声が耳に届いた。
「彼女とか、いないんですか?」
「学生の時は、ちょっとだけ付き合った女がいたけど・・・下手すると、それっきり」
他人のことは言えない。
と言うか、俺は彼よりも、ある意味深刻だ。
「園部はどうなんだよ?」
「俺もまぁ・・・一緒ですけど」


あれは中学2年生の秋。
転勤族の父に引き摺られるよう、全国を転々としていた頃だった。
教室に置いてあった荷物を背負い、向かった先は美術室の隣にある部室。
油絵具とリンシードオイルの匂いが微かに漂う部屋の隅に、描きかけの風景画が立てられている。
持って行けないからと処分をお願いしたはずだったのに、そう思っていると後ろから声を掛けられた。
「今日で、最後なんだっけ?」
振り向いた先にいたのは、部長である狭山さんだった。
小柄で穏やかな笑顔を浮かべた彼は、自分の絵の前を通り過ぎ、俺のキャンバスの前に立つ。
「あの、それ・・・」
「これさ、貰って良いかな?」
「え?」
色が乗せられていない部分を撫でながら、何処か愛おしそうな視線を滑らせた。
「君の絵、結構好きなんだよね。だから、記念に」
「別に・・・構わないですけど」
「そう、良かった」

面倒見の良い先輩だった。
興味本位で入部した俺に、画材の使い方やデッサンのコツなどを丁寧に教えてくれ
絵を描くことへの意欲を引き出してくれた人だった。
誰かに憧れると言う気持ちを持ったのも、彼が初めてだったかも知れない。
兄の様な、先生の様な、単なる先輩として以上の存在だと思っていた。

部内で転校の話を出した時、皆が一様に寂しげな顔をしてくれた中
彼は僅かに目を細めただけで、あまり感情を表には出さなかった。
それが残念で、切なかったことを覚えている。
「・・・寂しくなるな」
だからこそ、俺に背を向けたままで呟いた一言が、心に響く。
言葉に迷いあぐねる時間が、ゆっくりと流れていった。

惑う視界にいる彼は、不意に振り向き、儚げな笑みを浮かべながら近づいて来る。
その手が俺の頬に触れ、震える体温に心が揺らぐ中、彼の唇がそっと俺の唇に重ねられた。
初めてのキスだった。
酷く柔らかな感触はあっという間に消え、彼の吐息が前髪を掠める。
「元気でね」
棒立ちになったままで混乱する俺の頭を宥めるように数回撫で、彼は部屋を出て行った。
「・・・さようなら」
主の変わった絵を見やりながら発した独り言が、空間に沁みた。


気が付いていなかっただけなのか、目を背けていただけなのか。
あれから10年以上経つと言うのに、俺は未だに彼の面影を思い出してはざわめく心を鎮めている。
異性に気が向かない訳じゃ無いし、同性なら誰でも良い訳じゃ無い。
繊細で衝撃的な初恋に、捕らえられてしまっているんだろう。
そして、目の前に立つ、今にも壊れてしまいそうな男が、彼に似ていると気が付いてから
俺は必死で、その感情を抑え込む毎日を過ごしてきた。

「なぁ」
「何ですか?」
吸殻を灰皿に放り込み、溜め息をついた彼は、振り向きざまに言った。
「キスしてくれよ」
「なっ・・・」
冗談に決まっているのに、そう思いたくない惨めな願望が顔を出す。
同時に巡ったのは、狼狽えちゃいけない、そんな自制心だった。
「何、言ってるんですか」
先輩の悪ふざけをかわす後輩を演じることは、出来たと思う。
一瞬目を閉じて薄く笑った彼が、俺の脇を通り、階段を上って行く。
「流石に、そこまで飢えちゃいないけどさ」
「勘弁して下さいよ」
「悪いな、こんな冗談でも言ってないと、やってられないんだよ」

その後ろ姿は、あまりにも弱弱しく見えた。
彼の身体で揺れる鈴の音が、夜の階段に響いていく。
あんな小さな物でさえ、彼の気持ちを鎮めているのかも知れないのに、俺には何も出来ない。

□ 63_形影 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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青春の苦いチョコレート

うまく言えないけれども、魂が揺さぶられます、なぜかしら。

高校二年の時。凄く大人びた感じで、ロングヘアーで背が高くて、大学生の彼氏と付き合っていた美少女というより美人と言う方が相応しい人がいました。
皆は憧れていたけど、私はこの人が苦手。クラスが一度も同じでないのに、何故かお弁当を他の友達と一緒に彼女と食べる事が何度かあり、嫌で堪らなかった。

貴女がバージンでないって、私には分かるわ……って顔して、私をじっと見ていた気がしたから。
視線を感じて見上げると、いつも彼女の姿がありました。

私には仲の良い男の友達がいて、そのT君は長身でイケメンの上に、陽気で人懐こくクラスの人気者。
T君が、私が彼女を嫌っているのに気付いて、彼女と同じクラスの男友達に彼女の悪口を言い、皆の彼女への評価は「憧れ」から「シモのだらしない不潔な女」に一変。
確かに私は彼女が嫌いだったけど、誰にもそれを話した事はなかったし、皆があんなに豹変するって思わなかった。大学生の男へ敵がい心を抱いていた男子高校生達の妬みの強さに驚かされました。
青春って、時には残酷だと感じた苦い思い出。

だから、園部と狭山の事は、私から見たら甘酸っぱく、むしろ羨ましい思い出です。

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甘い思い出。

生き物は、経験を重ねることで学習し、成長する。
想像力も、過ごしてきた時間が長くなる程、より現実味を深めていく。
子供が残酷なのは、想像力が浅く、結末まで行き着けないからなのかも知れません。
だからこそ、大人になってから若気の至りに後悔の念が湧き上がる。

ご多分に漏れず、後悔ばかりの学生時代を過ごしたからこそ
昔の思い出を美化した文章を、妄想に乗せて、書きたくなります。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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