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依拠★(7/9)

訝しげな視線が俺の腕を滑る。
息を飲んだ彼の唇は大きく震えていた。
やがて、手首に自らの手を添えた彼の顔が、ゆっくりと傷跡に近づいてくる。
ふと視線を上げた彼は、俺の表情を窺いながら、腕に唇を寄せた。

溶ける様な感触が、腕を通って背中に抜けていく。
鼓動の早まりと荒くなる息が、その行為のもたらす意味を知らしめた。
小さく開いた口から漏れる吐息が腕に熱を与え、ざらついた舌が追いかけるように湿気を纏わせる。
静かに舌を這わせる彼の頭に、手を添える。
少し長めの髪が指に絡みつき、解けていく。
動きを止め、俺に向けた視線は、まるで縋りつくような眼差しだった。
「どうして、嘘がつけなかったんだろう」
「嘘・・・?」
「オレは・・・君を苦しめて、満足してしまう自分に、嘘がつけなかった」
名残惜しそうに最後のキスを終え、彼は腕を離す。
「こんなに、好きなのに。君がいなきゃ、耐えられないのに」

弱弱しい声でなされた告白が頭の中を白くする。
もう、元には、戻れない。
掴みかけた見えない手を、跳ね除けるか、固く握り締めるか。
いずれかの道に進むしかない。

「・・・住吉さんの、好きに、して下さい」
俯く彼に、そう声を掛けた。
「何をされても、耐えられるから」
深い溜め息が聞こえる。
「これ以上・・・嫌われたく、ないんだよ」
「そうじゃないんです。俺は・・・俺も、住吉さんがいなきゃ、耐えられない」

首筋に手を伸ばし、彼の頭を引き寄せる。
驚きを示した顔に心を揺さぶられるのを感じながら、俺は彼と唇を重ねた。
額に当たる眼鏡のフレームが、激しい心音で遠のきそうな意識を引き戻す。
「何処にも行かないで下さい。俺の傍に、いて下さい。・・・傷ついても、構わないから」
それが彼の望みなら。
俺の苦痛が、彼の宿り木になるのなら。
あんな闇、怖くない。


歓楽街を歩く彼の姿を、一歩後ろから眺める。
少し猫背気味の上半身が猥雑な影を纏って、何となく大きく見えた。
彼が目指していた、大通りから一歩入った場所。
「・・・もう、引き返せないのかな」
先輩が口にした躊躇いに、背中を押されたような気がする。
覚悟のため息をつき、彼の手を取って、先の見えない薄暗い階段を上った。

何の変哲もないテナントビルにある店の中には、露骨な欲望を振りかざす男たちが集っていた。
広いオープンスペースでは、絶妙な距離感で牽制し、誘惑しあう者たちが各々の時間を過ごしている。
俺たちが案内されたのは、クローズドスペースと呼ばれる二人用の部屋。
貧相な明かりに照らされた狭い室内には、家具と言えるものは殆ど無く
セミダブルくらいのベッドと、その向かいに組まれた鉄棒の櫓だけが、部屋の使用目的を表していた。
一目で分かる、安い作りの建物。
何処かから、狂乱の音が漏れ聞こえてくる。
立ち尽くす彼の後姿を視界に収めながら、心を包む恐怖の皮が剥がれていく。

背後から腕を伸ばし、後ろから彼の身体を抱きしめる。
肌を通して感じる、混ざり合う互いの鼓動。
腰に回した手に、震える手がそっと触れた。
「今日は・・・目隠し、しないで下さい」
飲み込んだ息が、身体の中を落ちていくのを追いかける。
「ありのままの、自分と、住吉さんを、見ていたいから」
自身の迷いを握りつぶすよう、彼の手に力が籠る。
「・・・分かった」


狭いシャワーブースの中、降り注ぐぬるま湯の下で彼と身体を触れ合わせる。
引き締まった、けれど柔らかさを持ったその感触が、自らが置かれた状況を惑わせた。
男と抱き合い、キスをして、虐待されることを待ち望む。
あの夜から、こうなることは決まっていたんだろうか。
依存し、依存される関係を突き詰めた帰結。
もしかしたら、そのずっと前から、定められていたのかも知れない。
この固い繋がりを、何と呼ぶのだろう。
もし、愛と呼ばないのなら、きっと、この世に、愛なんて存在しない。

湯にさらされ、熱を持った身体は、申し訳程度に設置されたエアコンくらいでは冷めやらない。
下着姿のままで、塩ビタイルが貼られた床に跪く。
後ろに屈んだ彼は、その腕を俺の上半身に回して自らの体温を押し付けてくる。
首筋に唇の感触が滑り、背筋が強張った。
「好きだよ・・・それだけは、忘れないで」
振り向いた先にある、未だ躊躇いを拭いきれない表情。
顎を軽く突出して、口づけを求めた。
「刻んで下さい。あなたの想いを・・・俺の身体に」

□ 62_依拠★ □
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コメント

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奇跡の存在

依存という言葉がこんなに甘く響いたことはありません。
自らの体を傷つけてもいいと差し出す美しい青年の姿が、まるで古の宗教画のように、目にも心にも浮かんできました。
自己犠牲の尊さと、尊いものが傷つき苦しむ姿に掻き立てられる官能と。
住吉さんにとって藤枝さんの存在は奇跡のようですね。
お仕事でお忙しい中、本当に素敵なお話を更新してくださってありがとうございます。

一億二千五百万人の中の二人

この日本という国のたくさんの人口の中から出会った藤枝と住吉の二人!
凄く少ない奇跡的な確率なんですよね、良く考えたら…。
一期一会。大切にしたいご縁なんですね。
あちらに返信致しました。ありがとうございました。

無くてはならないもの。

>みんとさま

無償の愛という言葉がありますが、個人的に、それは恋愛関係に至るものでは無いと思っています。
ある二人が恋に落ちた時、やっぱり互いに求めるものや期待することがあるだろうと。
それを突き詰めた時に、依存、という言葉が出て来ました。
概して負のイメージのある言葉ではありますが、人には無くてはならない感情です。

あなたがこのblogを読んでいること。

>夜来香さま

あの男性が私の上司であること、あの子が私の友達であること、あの人が私の恋人であること。
どれも、全てが奇跡の様な出会いによって生じた人間関係です。
一生知らないままでいる存在の方が圧倒的に多い訳ですから、本当に不思議な縁です。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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