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依拠★(6/9)

改めて、好意の深さを思い知る。
終日外出の予定が、妙に気分を落ち着かせてくれた。
出社した彼が浴びるであろう視線、言葉。
何一つ、知りたくなかった。
結局、俺の中の憎悪は全く成長せず、憂いを通り越して憐みに変わり、却って彼を思い起こさせる。
予期せず湧き上がる、腕を這う唇の感触が、鼓動を早くする。
遠ざければ遠ざけるほど、募っていく彼への歪な想い。
何処かで彼と、繋がっていたい。
例えそれが、自分を傷つけるものであったとしても。


資料を置いて行く為。
誰に聞かれる訳でもない言い訳を考えながら会社に戻ったのは、夜も7時を過ぎた辺りだった。
週末の夜、既婚者が比較的多いウチの部署では
アテの無い独り者が仕事に打ち込むにはもってこいの時間になる。
恐らく、残っているのは彼一人だろう。
「金曜日の夜ってさ、次の日の心配しなくて良いから、残業する気になるんだよね」
そう笑っていた彼の言葉を思い出す。
彼女でもいれば違うのだろうが、出来る見込みもない暮らしを続けている内に
その言葉に同調することが、当たり前になってきたような気がする。

システム天井の照明が、ある一角を明るく照らしていた。
通路から、自らのPCに向かって仕事をしている住吉さんの姿が窺える。
信頼のおける先輩というだけでは無くなってしまった存在。
依存に苦しみ、流されようとしている、歪んだ性癖を持つ彼に、どう接して良いのか。

物音に気が付いたらしい彼が、こちらに顔を向ける。
憔悴した表情のまま、少しだけ、目を細めた。
「今日は、直帰じゃなかったっけ?」
「ええ・・・荷物が多いんで、置いて帰ろうかと」
「そ、か」
物足りない会話を切り上げ、彼は再び仕事に戻る。
俺を早く帰す為、わざと居心地の悪い空気を作っているのかも知れない。
いつものような明るい雰囲気は、何処にも感じられなかった。

荷物を置き、パソコンの電源を入れる。
黙々と仕事を続ける先輩と画面とに意識を往復させる。
溜まっていた未読メールに一通り目を通した後、声をかけてみた。
「住吉さん、もう、飯食いました?」
それだけの行為にも、妙な緊張を悟られないような努力が必要だった。
返事を待つ時間が、いやに長く感じる。
どんな答えが最良なのかも掴めず、色々な回答のパターンが巡っては消えていく。
「・・・いや、まだだけど。でも、あんまり腹減ってないから」
「そうですか・・・」
向けられた視線に、瞬間身体が固まった。
あまりにも切なげな闇を宿したレンズの向こうの眼は、俺が知っている彼とは別人のものだった。


「藤枝君には、知られたくなかったな」
軽く背伸びをし、大きく息を吐いた彼は、そう呟いた。
「え?」
「聞いたんでしょ?オレが昔、アル中だったって」
「それは・・・」
「治ったと思ってたけどね。やっぱり、何かに依存しなきゃ、生きて行けないみたいだ」
弱点を曝し、それを隠すことを諦めてしまったように、彼は薄く笑う。
「ホントに、ごめん」

それは、何に対しての謝罪だったのだろう。
凌辱の夜から救い出してくれなかったことか、仕事に穴をあけたことか。
あるものに依存することで気分を落ち着かせる行為は、悪いことじゃない。
けれど、自ら負のベクトルを背負いこもうとしている彼を見るのは、耐えられなかった。
「折角、止めたのに・・・どうして」
「もう、オレには、何も無いから」
彼は目を閉じて、迷いを振り切るように頭を軽く揺らす。
「帰ってくれないか」
震える声が胸に響く。
このまま彼は堕ちていくのだろうか、そんな不安が脳裏を過る。
言葉を失った俺に、彼は追い打ちをかけた。
「君を、見てるのが、辛いんだ。こんな自分を見られるのも・・・辛いから」

憎むべきは彼じゃない、それは分かっている。
自分の不幸を、誰かのせいにして楽になりたいと思っているだけだった。
彼が彼じゃなくなっていく様子を見るのが辛い。
俺は、自分が思っている以上に、彼に依存しているのかも知れない。
そのタガを外してしまったのが俺ならば、それを掛ける役目も、俺が担うべきだ。

荷物をまとめ、席を立つ。
俯く先輩の傍に立ち、鞄を床に置いて、袖を捲った。
俄かに顔を上げた彼の前に腕を差し出す。
「もう一度・・・舐めて下さい」

□ 62_依拠★ □
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コメント

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物語の力

丁度、物語の半ばに達して、重大な局面に来ましたが、それまでの藤枝の葛藤が手にとるように分かるように描かれているので、感情の起伏のピークに此方もひき込まれます。
物語に集中する為、文章の技術も気付かせない程です。
技巧を超越する小説の面白さ!
本当に堪能させられます。

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文字を言葉に。

最近、心理描写に若干の苦手意識があったので
克服する意味で、この話には多めの自分語りを入れました。
頭の中の想像を文字にする難しさとの葛藤は、毎度のことですが…。
もちろん、文字にするだけでは不十分で
それが、言葉となって伝わっていれば幸いです。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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