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依拠★(5/9)

男としての尊厳を激しく侵す行為であったことは、間違いない。
あれから、女に対する性的な興奮に罪悪感を抱くようになった。
煽情されても尚、それで昂ぶる自分の心身が悍ましい。
一枚のグラビアから頭の中に沸くイメージは、自分がされた行為とほぼ変わらないもので
そう思考が働く度に、俺は結局、あの男たちと根本は変わらないという結論に達するからだ。

けれど、身体は疼く。
彼の声と唇の残像が、今まで感じたことの無い類の欲望を呼び起こす。
男の行為で刻み込まれた快感が、拭えない。
頭も、身体も、どうにかなりそうだった。


誰もいないエントランスホールは酷く静かで、二人の鼓動が恥ずかしい位に大きく聞こえる。
「・・・あんな所に君がいるなんて、思わなかったんだ」
彼の言葉にもまた、相当の覚悟が感じられた。
普通の男なら出入りするはずも無いであろう場所。
拉致した男を凌辱し、自らの性欲を発散し、その対価として金を払う。
身体を通して響いてくる揺らぐ声は、彼が人と違う嗜好を持っていることを暗に示すものだった。

数少ない、信頼のおける人間だった。
縋る場所が、崩れていく。
それなのに、抱きすくめられ、衣服を通して沁みてくる体温が心地良い。
裏腹な感情を、何とか否定したかった。
「・・・楽しかったですか?満足、しました?」
その問に、彼の身体は強張り、細かな震えを見せる。
「それは・・・」
声が聞こえるまでの時間の長さが、彼の迷いを、本心を、示していた。
「俺だって、分かってて、どうして・・・」

肩を掴んでいた手の力が抜ける。
俺は彼の身体から離れ、正面からその表情を窺った。
うな垂れた彼は、動揺を隠さないままで視線を床に泳がせる。
「そんなに、俺のこと、嫌いですか」
「違う、それは違う」
「じゃあ、何で・・・助けて、くれなかったんですか」
何処かで弁解の言葉を待っていたのかも知れない。
折られそうになっている彼への好意を、何とか保っていたかった。
「君じゃ、なかったら・・・あんな、こと・・・しなかった」
希望を打ち砕く言葉を、彼は足元に向かって呟いた。

時間を戻せたら、どんなに良いだろう。
記憶の一部を消し去ることが出来たら、どんなに楽になるだろう。
彼を憎むことで、自分の気持ちを落ち着ける。
もっとこの気持ちを強くすれば、きっと些細な躊躇いも吹き飛んでくれるはずだ。
未だ燻る、彼を慕う気持ちも、やがて、消え去ってくれるはずだ。


「お前、何考えてるんだ!」
普段温厚な上司の、滅多に耳にしない激昂した声。
その雷を受けた相手は、電話の向こうの先輩だった。
「調子が悪い?電話の一本くらい、出来るだろ?!」
午前中に予定されていた客先との打合せを無断で欠席したと、先方のクレームで知った上司は
それ相応の態度で部下に接する。
「明日は這ってでも来い!良いな?!」

怒りが収まらない上司に障らないよう、皆が息を潜めるように机へ向かう。
周囲に溶け込むべく図面にペンを走らせていた俺に、不機嫌な声がかかった。
「藤枝、午後は予定あるか?」
「外出の予定は、特に・・・」
「じゃあ、住吉の代わりに行ってこい」
どうやら先方は、午後でも良いから来てくれとの話をしているようだった。
件の仕事は、住吉さんの下で俺が受け持っている物件で、内容的には問題は無い。
ただ、優秀な先輩の尻拭いをさせられる平凡な後輩という肩身の狭い立ち位置が、気分を萎れさせる。
それでも、当然、拒否する権利などある訳も無い。
胸騒ぎを抑えながら、俺は上司に了解の言葉を返した。


覚悟したほどの叱責を受けずに済んだのは、幸運だったのかも知れない。
外出から戻った俺に、上司が心配そうな視線を送ってくる。
一通りの報告をしても、その表情は晴れない。
険しい顔をしたままで隅の打合せブースに俺を促した彼は、椅子に腰掛けながら、言った。
「住吉に何があったか、知ってるか?」
一瞬の狼狽は、どうにか隠しきったと思う。
「いえ、何も・・・」
無断欠席どころか、遅刻をしたところすら記憶にない。
その彼の様子がおかしい、そう感じ始めたのは、つい最近のことで
先日の出来事が少なからず関係しているのだと想像するのは、あまりにも簡単なことだった。

「お前がここに配属される、ちょっと前くらいまでかな」
頬杖を突き、窓の外の夕景に目を向けながら、上司は呟くように話し始める。
「あいつ、アルコール依存気味で、今とは別人だったんだよ」
「・・・初めて、聞きました」
「毎日じゃないにせよ、時折二日酔いで出社して来て、そのまま早退、とかな」
想像もつかない、彼の過去の姿。
酒宴の席で浮かない顔をしていた理由にも、納得がいく。
「それが、ある時を境に、ぱったりと酒を止めたんだ」
「何が、きっかけで?」
「さぁな。・・・今思えば、後輩が出来たから、とか、そんなことだったのかも知れないな」

意匠設計をメインとするウチの会社では、設備設計に配属される社員は多くない。
事実、俺が配属されるまでの数年は、住吉さんが一番年下だったそうだ。
5、6歳離れているとは言え、歳が近い後輩として、可愛がってくれていたのは確かだった。
「それなのに、電話の向こうで、ご機嫌な声上げやがって」
「飲んでたんですか?」
「ああ。一気に昔に引き戻された気分だったよ」
上司が吐いた溜息には、過分に憂いが含まれていた。
「お前、明日一日現調だろ?とりあえず、心当たりがあればと思ってな」

□ 62_依拠★ □
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コメント

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BL脳は通用しない

こんばんは。
今夜も新鮮な驚きをありがとうございます。
「なぜ、助けてくれなかったのか」そうですよね、そう思いますよね。
しかし、BLにどっぷりつかった脳みそには、拉致されて凌辱されても感じればOKみたいなお約束があったから、今更ながらそのご都合主義に気がつかされました。
しかも住吉先輩にそんな過去が!?え?なんで?
まるで、藤枝さんの困惑に、私も一緒に巻き込まれてるみたいです。

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もがく気持ち。

快楽にほだされる表現は、決して嫌いではありません。
襲う側の人間の視点で書く時は、結構簡単に落としてしまうのですが
襲われる側としては、素直には認めたくない、もがく気持ちを表したいと思っています。

この話も、やっと半分を過ぎました。
あと一山、しばらくお付き合い下さい。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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