Blog TOP


依拠★(1/9)

「そんなこともあるさ。あんまり気にしちゃダメだよ」
凹んだ気分を、穏やかな言葉が少しだけ浮かび上がらせてくれる。
忙しかったから、そんな言い訳が通用しないのも分かっていた。
自分の至らなさが原因だからこそ、やり場の無い悔しさがますます気分を落とす。

大手の設計事務所に就職して3年、一人で物件を任されるようになってからは半年。
初歩的なミスが、請求金額の交渉に大きな影を落とした。
面倒な図面が多かった、予定になかった計算書を作成した、そんな作業も誤り一つで価値は下がる。
何処も金にはシビアな昨今。
隙を見せれば付け込まれるということを、否が応にも知らしめられた。

「同じことは繰り返さない。それさえ守ってれば、藤枝君なら大丈夫」
そう肩を叩いてくれる住吉主任は、この物件の責任者。
一番迷惑を被っているはずなのに、責める様子を感じさせない口調で慰めてくれる。
俺を見る眼鏡の奥の目が、閉じてしまったかのように細くなる。
情けなさで一杯の中、その眼差しだけが救いだった。


鬱々とした帰宅途中。
通り掛かりにある駅で、電車を降りた。
巨大な歓楽街の裏手に位置する私鉄の駅は、いつでも酔いどれ共で溢れている。
酒が飲めない俺には無縁の場所のはずなのに、何故だか時折訪れてしまう。
梅雨が明けたばかりの蒸し暑い熱気が、喧騒の匂いを運んでくる。
アルコールと女に浮かされる気分を、少し分けて欲しくなるのかも知れない。

ざわついた空気の中で、ふと、住吉さんも酒を飲まないことを思い出す。
ただ、あの人は俺と違って飲めない訳じゃない。
酒は嫌いだと言いながら、いつも俺が頼む物を同じように頼む。
自らを律するように烏龍茶を口に運ぶ姿を見て、彼の人となりを知ったような気になっていた。

呼び込みに忙しい男たちを避ける為、脇の路地に足を踏み入れる。
薄暗く細い通りの向こうには、煌びやかなネオンが瞬いていた。
却って近道だろう、不穏な雰囲気を、そんな考えで紛らわせる。

「お兄さん、ちょっとバイトして行かない?」
暗がりから掛けられた声に、思わず身体が強張った。
声のする方に目を向けても、暗闇に溶けた姿ははっきり浮かんでこない。
「・・・何?」
近づいてくる気配だけを頼りに、後ずさる。
「時間あるでしょ?2時間くらいで良いからさ」
遠くで点滅している派手な色のネオンが、不気味に笑う男の顔を斑に照らす。
「悪いけど・・・」
震えそうな声を必死に抑えながら、立ち去る機会を窺った。

目の前の存在に気を取られ過ぎていたのか。
背後の人間に気がついたのは、後ろから口を塞がれた時だった。
鼻までをも圧迫するデカい手は、呻き声すら通さない。
恐怖で見開かれた視界に、痩せた茶髪の男が入り込む。
「ふ~ん・・・ま、悪くないんじゃね?」
ニヤついた表情で吐いた言葉の意図も分からないまま、腹にめり込んだ拳に意識が飛ばされた。


締め付けるような感覚が顔を覆い、薄く開けた視界は闇に包まれている。
手足に感じられる拘束感が、ぼやけていた意識を一気に我に返す。
「なっ・・・」
そう声を上げた瞬間、引き裂くような音と共に、腹の辺りに激しい痛みが走る。
「ぐ・・・あ」
痺れるような刺激が耳の奥まで響き、自分の置かれた状況を更に混乱させた。
分かるのは、服を着ていないこと、手足に枷が掛けられて台らしき物に寝かされていること。
そして、途方も無い恐怖の中にいること、それだけだった。

耳鳴りが止まない中で、その痛みは再びやってくる。
あまりにも無防備な腹に打ち付けられているのは、棒でも無く、紐でも無い。
この仕打ちにどうすれば耐えられるのかを考えようとしても、思考が定まらない。
ただただ、声にならない声を上げながら、身体が跳ねるのを受け入れることしか出来なかった。

顔が熱い。
息苦しい訳でも無いのに、荒い吐息が喉を揺らす。
まるで腹の辺りだけがすっぽり抜けてしまったように、感覚が無い。
何かが、耳元に近づいて来た。
「打たれ弱ぇな、兄ちゃん」
笑いを押し殺したような男の声に、背筋が凍るようだった。
「もっと、本気で嫌がれよ。そうじゃなきゃ、つまんねぇからさ」
気味の悪い響きの裏に聞こえる喧噪。
ここにいるのは、俺とこの男だけじゃない。
その事実が、頭の中を一層掻き乱す。
「なん・・・なん、だよ・・・これ」
「言っただろ?バイトだって」
軽口を叩く男のすぐ傍で、風切音が鳴る。
身体の芯から湧き上がる震えが、噛み合わない歯を鳴らした。
「あんたが悶える姿を、皆金払って楽しんでるんだから」
意味が分からない。
僅かに緩んだ気分を、再び苦痛が叩きのめす。
乾いた声が天へ抜けていく。
「喉が枯れるまで、啼け」

□ 62_依拠★ □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
■ 8 ■   ■ 9 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

昼の顔と夜の街

うわぁ~、いきなり怖い展開ですね。藤枝が大変な事に…。
そして、住吉主任がどう絡んで来るのか…。

大都会の伏魔殿。怖すぎです。
息子に依ると、渋谷や西麻布はよく行くが、新宿へ行くのは2パーセントくらいしかなく、あまり行かないそうです。
昼間と夜じゃ、街が見せる顔は違うんですよね!

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

魅惑の闇。

甘めの話の後には、少し苦めの物を如何でしょうか。

地方都市規模の街が点在する一帯。
上京したばかりの時、その規模の大きさに圧倒されました。
とは言え、ずっと東京の東側を拠点にしている私には
新宿や渋谷、恵比寿と言った西側の街には殆ど足を運びません。
どの街であれ、夜の闇に紛れている部分はあるのでしょうが
大都会の夜の顔には、怖いながらも何処か魅惑的なものを感じてしまいますね。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR