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象徴★(1/5)

官公庁がひしめき合うこの街で働くようになって、もうじき5年経つ。
中堅ゼネコンの設計部署なんて、自分にはハードルが高いと思っていたけれど
必死に喰らい付いている内に、やっと身の丈が合うようになってきた。
激務であることは確かで、土日にまともに休めたのは、まだ数えるほど。
身体の疲れは感じても、精神的につぶれないのは、やっぱり充実しているからだろうか。

「佐藤君、町田の物件なんだけど」
平田課長から声がかかる。
採用の面接でとかく目を掛けてくれた、オレの恩人とも言える人だ。
「電気は新規の事務所に任せようと思ってるんだけど、どうかな」

町田の商業施設は、担当している物件の一つ。
規模はそれほど大きくないが、市の施設やフィットネスなど、種々の業種が入っている。
うちの会社にも電気設備の部署はあるが
大きな案件を抱えていて手が足りないと言うことで、事務所を探していたようだった。

「どんな事務所なんですか?」
「話を聞く限りでは、商業施設を多くやっているようだよ」
「この物件には、丁度良いですね」
候補の事務所は幾つかあったようだが
営業の熱意と、何よりも値段が安かったことが決め手になったらしい。
仕事が無くても、社員の人件費は無くならない。
それなら、安くても仕事を取ろう、そんなところだろうか。

「来週の月曜日に担当が改めて挨拶に来るらしいから、対応してくれるかな」
「わかりました」
「設計担当の人は、ずいぶん珍しい苗字だよ」
そう言って、名刺を2枚手渡される。
営業と設計の2人分だ。
設計担当の名前を見て、全身が凍りつく。
その苗字は、オレが絶対に忘れられないものだった。


今の会社に入る前のこと。
新卒で就職に失敗したオレは、技術系の派遣会社で派遣社員として働いていた。
建築学部を出ていたこともあり、派遣先は建設会社が多く
CADや設計補助など、色々な仕事をやってきた。
概ね3ヶ月から半年で派遣先が変わる為、繁忙期のヘルプという意味合いが強い。

そんな中、あるゼネコンの子会社に派遣されることになった。
業務内容は設計補助とあったが、実際は客先との折衝や打ち合わせまでやらされた。
明らかに契約違反だったけれど、ある程度責任を持たされ、やりがいも感じていた。
そこにいたのが、久須美という主任だった。

初めのうちは愛想良く接してきていたが、そつなく仕事をこなす様が気に入らないのか
徐々に、風当たりが強くなってきた。
「お前の代わりなんて、幾らでもいるからな」
それが彼の口癖だった。
よく言われる言葉ではあったが、派遣社員を凹ませるには最適なフレーズだ。
仕事は充実していたけれど、精神的には毎日少しずつ削られているような感覚だった。

担当していた物件が一段落し、そろそろ契約の期間が迫ってきていた時期。
派遣先の上司からは慰留を求められ、更に半年契約期間を延長と言う話になっていた。
久須美主任は、それを聞いて反対の声をあげていたと言う。
契約延長になれば、当然単価も上がる。
派遣社員に払う金は最低限で良い、そう話していたらしい。
経営者に言われるならまだしも、只の社員に言われるのは腑に落ちなかった。
けれど、彼は社員、オレは派遣社員。
この立場の違いは、大きい。

残業をこなし、遅い時間に退社したある日。
会社の裏口で煙草を吸っていた久須美主任と鉢合わせした。
お疲れ様です、と目を合わさずに通り過ぎようとした時。
「お前、契約延長する気じゃないだろうな」
腕を掴まれ、そう凄まれる。
「会社の意向もありますから」
延長することはほぼ決まっていたが、明確な答えを口にすることは避けた。

「俺、お前のこと嫌いなんだよね」
言われなくても分かっていることを、わざわざ口に出す。
「派遣のくせに、分かった風に仕事してるところがさ」
「そう言うつもりはありませんが」
じりじりと壁際に押しやられる。
彼は、持っていた煙草をオレの顔の前に近づけた。
猛烈な熱を感じ、わずかに前髪が焼ける臭いが鼻を突く。
「やめて下さい」
手を振り払おうとした瞬間、顔をつかまれ、左目とこめかみの間に煙草を押し付けられる。
激痛に、思わず声を上げた。
「さっさと、出て行け」
顔を押さえ、壁にもたれかかるオレに、彼はそう捨て台詞を残して去っていった。
どうしてオレが、こんな目に会わなきゃならないんだ。

しばらく、左目の眼帯は外れなかった。
結局、契約を延長することは無く、オレはその会社を去った。
最後の日の久須美主任の顔は、明らかに勝ち誇ったような顔をしており
自分がされたことを思い出しながら、何て醜い顔だ、と思っていた。
あの人は、自分より立場の弱いものを苛める事で、満足感を得ているのだろう。
そう思い込まないと、心が壊れてしまいそうだった。

この出来事が、転職活動をするきっかけになったのだと思う。
火傷の跡は消えそうにも無かったので
なるべく目立たないよう、黒いフレームの眼鏡をかけるようになった。
皮肉なことに、あの会社での仕事が興味を引いたらしく
オレは、今の会社に採用されることとなる。

□ 08_象徴★ □   
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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