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覚醒★(3/6)

「食い過ぎじゃないですか?」
酒もそこそこに食べ物を口に運ぶ様を見て、後輩は呆れたように言った。
「腹減ってんだよ」
「分かりますけど・・・あんまり食べ過ぎると、眠れなくなりますよ?」

最近、眠りの浅い日が続いている。
後輩が夢に出て来ることは、あれから無かったけれど
仕事で失敗するとか、知人が事故に遭うとか、嫌な夢ばかりを見るようになった。
忙しさで情緒不安定になってるだけだと自分に言い聞かせてはいるものの
朝から気力を削られたような気がして、結構、辛い。

煙草を消した後輩が席を立つ。
その姿を目で追いかけ、空になった席を眺めた。
酒が飲めない彼の手元には、水滴が付いた烏龍茶のグラスが置かれている。
箸はあまり進んでいないようだった。
ちょっと、言い過ぎたのかも知れない。
何かフォローしないとまずいな、そう思いながらロックの焼酎に口を付ける。

しばらくして戻って来た後輩は、すぐに席に着くこと無く、暖簾を背にして立っていた。
自分を見下ろす視線に、夢の中のおぼつかない視線が重なるようだった。
『怖いんですか?』
頭の中に、声が響く。
何が?何が怖い?
彼の姿が徐々に近づいて来る。
「・・・どうした?」
目の前にして、やっと口を衝いた言葉を遮る様に、大きくなる傾いだ顔。
程なく、その唇が重ねられる。
鼻をくすぐる煙草の匂い。
得も言われぬ、柔らかで無防備な感触。
何もかもが、違う、現実。
「・・・な」
固まる俺の顔に視線を向けないまま、後輩は自分の席に戻り、残った烏龍茶を飲み干した。

「お前・・・酔ってんの?」
「烏龍茶しか飲んでないのに、酔う訳無いじゃないですか」
そう、そんなことは分かってる。
俺から目を逸らし、煙草に火を点ける後輩を見ながら、混乱の中で答えを見つけ出そうと躍起になった。
「こんなの・・・悪ふざけして楽しめるような歳じゃ、無いぞ?俺」
「知ってます」
「なら・・・」
真意を問いただす言葉を口にしようとした時、気が付いた。
後輩から向けられる感情を知ったのは、たった今。
そのずっと前、夢の中で聞いたのは
無意識の内に抱いていた感情に押し流されるよう、自分自身が彼に言わせた言葉。
あの夢は、自分の心の死角にあった、願望。
有り得ないと否定できない想いが、怖い。

言葉も無いまま、店内の喧騒だけが耳に響く。
煙草を咥えるその唇が、ゆっくりと動いた。
「素直に言うこと聞いてれば、気に入って貰えると思ってました」
「え?」
「そうすれば、ずっと、こんな距離感を保っていられるって」
決して深い仲な訳じゃ無い。
互いの誕生日を何となく覚えているような、適度な距離感を持って過ごして来た数年。
俺にとっても、居心地のいい関係だったと思う。
「でも・・・限界だったのかな」
吸殻に覆われた灰皿に煙草を押し付けながら、後輩は呟いた。


ホテルに戻ったのは、9時を少し過ぎたくらい。
互いにフロア違いのシングルの部屋をあてがわれていた。
エレベーターに先に乗り込んだ豊嶋は、俺の部屋があるフロアのボタンだけを押して扉を閉める。
「・・・もう少し、だけ」
俺に背を向けたままでそう言う彼に抗えなかった。
軽く拒否することも出来たはずだったのに、俺は、夢の結末を知りたかったのかも知れない。

後輩を先に部屋に入れ、ドアを閉める。
カードキーをホルダーに差し込むと、ベッド脇の照明に灯りが点く。
頭上の空調機が低いモーター音を発する中、彼はその場に立ち尽くしていた。
その身体の向こうに見える室内の風景に、急に不安を覚える。
居酒屋のスペースよりは遥かに広いけれど、完全な密室。
もし、目の前の男が、本当に同性愛者だったら。
俺の想像を遥かに超えることを求めて来たら。

細身の身体が不意に振り返る。
思わず後ずさってしまった気配で、彼の顔に切なげな心情が刻まれた。
「すみません・・・戻ります」
そう言って、彼はこちらに向かって来る。
目の前で頭を下げ、俺の後ろにあるドアノブに手をかけた。

俺の中にあったのは、焦り、だったのだろうか。
その手を取り、もう一方の手で彼の肩を押さえる。
眼前に引き寄せた顔には、明らかな狼狽。
「怖いのか?」
「・・・怖い」
「何が?」
「夢から、覚めるのが」
彼が恐れているのは、その行く末。
俺にだって分からない。
俺だって、怖い。
それでも、夢だけで満足するよりは、マシだ。

眉間の辺りに当たる彼の眼鏡のフレームの冷たい感触が、現実であることを知らしめる。
彼の身体の震えが、その唇を通して伝わってくる。
歪んだ視界に入り込む眼が、細くなり、やがて閉じられた。
触れ合せた唇を擦り合わせるように動かし、下唇を一舐めして、離す。
薄く開いた口から、静かな吐息が漏れた。
「限界なんだろ?・・・もう、目を醒ませ」

□ 58_覚醒★ □
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コメント

非公開コメント

こんばんは

お久しぶりです。

更新の間隔を少し空けるとのこと。
ほぼ連日の連載で「よく続くなあ」と関心するとともに、急に折れて途切れてしまうんじゃないかという心配もしていました。

放電すれば充電も大事。
緊張あれば弛緩も大事。

マイペースで続けていってください!

No title

すいません、上のコメントの「S」は私です。
修正してもらえませんか?

質が下がらないように。

ご無沙汰しております。

まず、コメントのお名前の件ですが、投稿いただいたコメントについては
管理者でも改変することが出来ない仕様となっておりますので、そのまま承認させて頂きました。
何卒ご了承ください。

今回の更新間隔の拡大については
11月から12月にかけて、種々の原因で筆が進まなくなってしまったのが主な原因です。
今までストックとして5~6編は持っていたのですが
現在のところ、ほぼ追っかけ状態での更新となっております。
定期的に更新できなくなるのはどうしても避けたかったので、このような形となりました。

間隔を取ったからと言って怠けることなく、また質が下がらないように
引き続き精進して参りたいと思いますので、何卒宜しくお願い致します。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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