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覚醒★(1/6)

目の前には、伏し目がちの後輩が横たわっていた。
見飽きたくらいのその顔に、俺は手を添えて、自分の顔を近づける。
触れ合った唇の感触は、何と言うか、柔らかい革の様な感じで、不思議な感覚だった。
何回か唇を重ねた後、肌蹴たワイシャツの中に手を差し入れ、静かに撫でる。
恥ずかしげな表情をした彼は、けれど一言も発する事無く、その行為を受け入れていた。

意識を薄くするほどの、激しい鼓動が全身を震わせる。
スラックスのベルトに手をかけ、その前を開ける。
確かにそこにある、そのモノに手を寄せ、ゆっくりと擦った。
目を閉じて、眉間に皺を寄せる彼の鼻息が俺の身体を滑って行くようで、気持ちが昂る。

徐々に硬さを帯びてきた彼の身体の一部から、さほどの熱は感じられない。
目に見える変化はあるのに、感覚は浮かされたままだった。
「・・・敦志」
社内では決して呼ばない名前で、薄く目を開ける後輩。
茶色い前髪の奥から覗くその眼差しに、不意に気分が冷める。
手の中にあるモノをどうすれば、彼を悦ばせることが出来るのか。
急に分からなくなった。
狼狽えている内にも、時間は刻々と過ぎていく。
訳の分からない焦りを、くぐもった声が決定的なものにする。
「忠宏さん・・・怖いんですか?」


寝不足なのか、身体が重い。
目頭を押さえながらビルに入ると、エレベーターホールで後輩に出くわした。
「おはようございます。浅井さん、昨日も遅かったんですか?」
そう笑う後輩の顔が、まともに見られない。
「いや・・・夢見が悪くてさ」
「疲れてるんじゃ?最近、残業続いてますし」
「そうかもな」

同じ部署の後輩として付き合うようになって、3年くらいだろうか。
仕事中や昼休みに話すことはあっても、会社の外では殆ど付き合いの無い、典型的な仕事上の間柄。
もちろん、男に興味がある訳も無い。
それなのに、どうしてあんな夢を見たのか、自分でもさっぱり分からない。
しかも不思議なのは、それに大した嫌悪感も無い自分の感情。
考えれば考える程、不可解な出来事なのに、不意に頭を過っては気分をざわつかせる。
もしかしたら、何処かで、あんなことを望んでいるんだろうか。
そんなバカなこと、有り得ない。


「豊嶋君、見た?」
「どうしちゃったんだろうね?」
部署では数少ない20代の男、癪に障るけれど、同性から見ても端正な顔立ち。
フロアで机を並べる女性たちが話題にすることも少なくは無い。
週明けだった2日前の月曜日、彼は大胆な変容を遂げて会社にやって来た。
肩に付きそうなくらいの明るく長めの髪を、真っ黒な短髪にし、コンタクトを眼鏡に変える。
朝、声を掛けられるまで、その存在にすら気が付かなかった。

「建築業界の人間っぽくないって言われたんで」
何気なく聞いたその理由に、思わず呆れた笑いを返してしまった。
それ、確か、俺が先週の暑気払いの時、酔った勢いで言ったことじゃないか。
別に悪意があって言った訳じゃ無い。
ただ、彼のような風貌の人間が今まで周りにおらず、どう接して良いのか、未だに迷いがある。
その想いが回りまわって、あんな言い方になってしまっただけだった。
「俺のせいか?」
少しふてくされたような表情を見せる後輩をなだめるように、言葉を付け加える。
「飽きたら、さっさと元に戻せよ?」
「ま、これはこれで気に入ってますから。しばらくはこのままで良いです」


盆休みの前になると、会社が急に忙しくなるのは毎年のことだ。
晴々した気分で休暇を楽しみたいと言う単純な願望が、殺人的なスケジュールを生む。
明日は朝から都内で打ち合わせ、夕方から福岡出張、明後日の夜には会社で会議。
「福岡なんか、飛行機で1時間じゃないか」
何食わぬ顔でそう言う上司は、盆休みに有給を追加すると言う禁じ手を使い、明日から休みに入る。
「観光に行く訳じゃないですからね」
「週末からは休みなんだから、それまで耐えろ」
よく言うよ。
恨みがましい思いを込めた溜め息をわざとらしくつき、時計を見やる。
終電までに、手つかずの資料の整理は終わるだろうか。
ブラインド越しに見える進学塾の窓の明かりを見ながら、何とか気力を絞り出した。

冷房が良く効いたタクシーの中で、薄くなる意識と格闘する。
夜中の2時。
いつも車に埋め尽くされているこの道路も、大型のトラックと数台のタクシーが走るだけ。
真夏の夜だと言うのに、街灯に照らされ流れて行くアスファルトが冷たく見えた。

「怖いんですか?」
夢の中で言った後輩の一言が、いつまでも心に引っ掛かる。
占いなんて全く興味が無いけれど、突拍子も無いことは夢に出てこないと聞く。
自分でも気が付いていない心の根底にあるものが、儚い幻影を見せているのだとしたら
消え失せたその表情に、何もかもを見透かされているようで気味が悪くなる。
明日からの出張には、豊嶋も同行する。
最悪なタイミングで見た、最悪な夢。
特に何の予定も入っていない休暇に想いを馳せながら、必死に気を紛らわせた。

□ 58_覚醒★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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