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爛漫(3/3)

郵便番号が細分化されてから、郵便物は番号と地番で届くと言うことになっている。
大企業などは会社ごとに番号が割り振られているから、番号だけで届けることも可能だ。
とは言え、実際は住所や建物の名前が無ければ、配達に手間がかかる。
出来れば細かく書いて欲しいというのが、局側の本音だ。

逆に、建物名を敢えて書かなくても良いとされている場所も複数ある。
その一つが、刑務所。
彼が毎週手紙を送っていた先は、俺の故郷の街にある、女子刑務所だった。

四季を感じさせる為に、そんな配慮から、この刑務所では受刑者達が敷地内に花を植えるのだそうだ。
彼の母が話していたのは、そのことなんだろう。
一面の菜の花に彩られた風景が、目に浮かんだ。

彼が建物名を書かなかったのは、誰にも知られたくなかった事実だから。
それなのに、俺は、悪戯に暴いてしまった。
もう、合わせる顔が無い。


月曜日が祝日だった週の火曜日。
彼は、郵便局に姿を現さなかった。
徐々に進んでいく時計の針が、落ち込んだ気分に追い打ちをかける。
時代遅れの切手コレクションを趣味としている常連客がやって来て
どうして花の切手ばかりなのかと、不機嫌そうにぼやく。
そりゃそうだろうな。
これは、彼の為に、ディスプレイしているものなんだから。

残業を終えた夜、戸締りをして局を出る。
ふと見ると、ポストの前に誰かが立っているのが見えた。
「すみません、突然」
暗がりに立つ彼の表情は、俺からはよく見えなかったけれど
手にしている紙袋が、故郷の銘菓の物であることは、分かった。

「先日、母の所に行って来たもので」
そう言って、彼は紙袋を手渡して来る。
「地元の物、懐かしいだろうと思って・・・こちら」
「いえ、そんな、わざわざ・・・」
「背中を押して頂いた、お礼です」
切なげな表情が、街灯に照らされる。
受け取らない訳には行かない空気が流れていた。
お礼を言いつつ紙袋を手にすると、ホッとしたような声で、彼は言った。
「あの、少し、お話・・・良いですか」


入った喫茶店の中は、数席を陣取る団体客で騒々しい雰囲気だった。
窓際の小さな席に、向かい合わせで座る。
自分がした愚かな行為もあって、真っ直ぐ彼の顔を見ることは出来なかった。
程なく運ばれてきたコーヒーに口を付けるタイミングで、彼の呟きが聞こえた。
「あっちの方は、今が、菜の花の見頃なんですね」

若年性アルツハイマーを患った父を、介護の疲れから殺してしまった母。
情状酌量の余地は十分で、本来なら執行猶予が付くはずだったところを
被告人自身が実刑にして欲しいと弁護士に頼んだ事実を、彼は後になってから聞いた。
「昔と同じように日常を過ごす自信が無い、だから刑務所に入りたい、と」
母が罪を犯したのは自分のせいだと、彼はひたすらに自らを責めていた。
静岡から上京し、東京で一人暮らし。
父が発病した際も、帰って来なくて良いと言ったのは母親だったと言う。
「僕が傍にいれば、こんなことにはならなかったのに」
「そんなこと・・・」
「僕は、父も、母も、見捨ててしまった。だから、せめて、何か償いたいんです」

彼が自分のカバンから、古ぼけたファイルを取り出す。
それは、切手の収集帳。
「母の唯一の、趣味でした」
手渡された冊子を開くと、周りが日に焼けた台紙の上に所狭しと切手が並べられている。
殆どが、花をモチーフとしたものだった。
「少しでも日常を取り戻して欲しくて、いつも・・・」
手元から彼に視線を移す。
優しい表情が、こちらを見ていた。
「毎週、行く度に花の切手が並んでいて、それが凄く、嬉しかったんです」
その言葉で、罪悪感に満ちた気持ちが、少し救われたような気がした。

「ずっと、面会を拒否されていまして」
空になったコーヒーカップを軽く浮かせるように弄りながら、彼は目を細める。
「でも、菜の花の切手を送った次の週、菜の花を見に来いと、返事がありました」
「・・・そうだったんですか」
「あれが無かったら、母に会う機会は、訪れなかったのかも知れません」
彼の母の背中を押した、一枚の切手。
小さなファイルの中に広がる花畑を眺めながら、自分にできることを考えた。

「夏には、どんな花が咲くんですかね?」
「え?」
「用意しておくので」
「今度、聞いてみます」
小さく息を吐きながら安堵の笑みを浮かべる表情が、心を癒す。
「・・・お待ちしてます。いつでも」


「何だよ、これ」
「いや、今月、出る切手多いじゃないですか」
「だからって、これはデカすぎないか・・・?」
自腹で買った、大きめのディスプレイパネル。
今使っている物の、ざっと2倍はある。
「もうじきハガキ類も来ますし、ガンガンアピールしないと」
先輩の溜め息をよそに、仕舞われていた切手を並べていく。
程なく、パネルの上には大きな花畑が出来上がった。

週明け、再びやって来た彼はパネルに目をやり、笑顔を見せた。
「凄い数ですね」
「今月は、切手が多くて」
「何か、僕も集めてみようかなって気になってきますよ」
「でしたら、収集帳も局で扱ってるんで、是非」
そう言った俺に、彼は意味ありげな表情を浮かべる。
「流石に、達者だな。勝てない訳だ」

夏には、向日葵が咲くのだそうだ。
すっかり夏の様相を呈してきた梅雨の晴れ間。
小さなキャンバスに描かれた大輪の花を眺めながら、今日も彼の来局を待つ。

□ 53_爛漫 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

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運命の女

私がファム・ファタール(運命の女)かしらね。…嘘です、ご安心下さい(笑)。私も驚かすつもりは無いんです。ネタバレみたいな事はしませんから、安心して頂いていいです。

まべちがわさんの小説は、映像が目に浮かぶんですね。香りまで感じますしね。
だから、国分が地図を見て衝撃を受けた様子が見えて来て、自分の世論調査員体験が甦って、場所を推測したんです。
第一話で、コレクターという言葉が出た時は、私の方がビックリしましたよ。全集コレクターの事を書いたばかりだったし…。

余韻の残る、心暖まる終わり方。良かったです。

出来得れば二兎。

文章を書く際、必ずと言って良いほど、その風景を思い浮かべています。
以前のコメントでもありましたが、如何にその映像を伝えられるのかが
私にとっては、一つのハードルになっていると思っています。

一枚の写真から受ける印象は、人それぞれだとしても、とても明確。
受け手の想像も、広げやすいと思います。
けれど、一行の文章から受ける印象は、何処か曖昧で
書き手の技量が足りなければ、何も伝わりません。

心理描写と風景描写。
二兎を追うものは一兎をも得ずと言いますが、どちらも腕を磨いて行きたいと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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