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爛漫(2/3)

去年辺り、発行されていたような気がする。
切手の在庫が収められている棚を一段一段見ていく俺に、先輩が声を掛けてくる。
「何、探してるんだ?」
「菜の花の切手って、無かったでしたっけ?」
「まだ売んなきゃなんない切手があるだろ?」

ハガキ、切手、ギフト類。
とかく、全ての売り上げにはノルマが課せられている。
今月はやたらと新規発行の切手が多く、それらの殆どはまだノルマが達成できていない。
「ボード、ちょっと空いてるじゃないですか。折角だからもう一種類くらい入らないかと思って」
「まぁ・・・良いけど」
呆れたようにぼやく先輩の声を聞きながら、やっとお目当ての切手に辿り着く。
シート一面が眩しい、黄色い菜の花の数々。
彼は喜んでくれるだろうか。
そう思いながら、無理やり空けたボードの隙間に切手を収めた。


いつものようにやって来た彼は、ボードに目を向け、驚いたような表情を見せる。
「こんな感じので、宜しかったですか?」
「本当に、あるんですね」
「ちょっと前に出ていた物なんですが、季節もちょうど良いので出してみました」
嬉しげに眼を細めた彼は、封筒を差し出すと共に、その切手を買い求めた。
「他に何か御入用なものがあれば、言って下さい」


客足が鈍ってくる午後3時前。
窓口を嘱託のお姉さんに任せ、渉外に出る。
飛び込みで営業をすることもあるが、今日はお得意様回りだから、幾分気は楽だ。
母の日・父の日、その後にやって来るお中元商戦に向け、ギフトのカタログは重みを増している。

「お世話になります、社長」
「ああ、国分君。調子はどうだい?」
いつも懇意にしてくれる、印刷会社の社長。
数少ない、超お得意様の一人だ。
会社のDM、小包、各種ギフト類まで、全てをウチの局に委託してくれている。
「お陰さまで、何とか」
「最近、他の業者もいろいろと営業に来ててね。なかなか魅力的な料金で困っちゃうよ」
「ウチも精一杯、努力させて頂きますので、何卒・・・」
困惑した表情を作り、意地悪い笑みを浮かべる社長の顔を見る。
冗談だよ、と豪快な笑い声を上げて、彼は続けた。
「で、今日はどんな話?」

幾つかのギフトの契約を取り付け、今月の自腹は無さそうだと胸を撫で下ろしながら会社を後にする。
自転車置き場から自転車を出そうとした時、脇の駐車場に1台の車が止まった。
ライバル会社でもある、宅配業者のロゴを入れた車。
牙城を崩さんと、営業に来たのだろうか。
恨めしく思いながら、ドアを開け、降りてくる男に視線を向けた。

目が合った瞬間、身体が固まった。
俺を認めた彼は、バツの悪そうな顔をして急ぎ足で建物へ入っていく。
親近感を覚えていた客が、ライバル会社の営業マン。
ウチで手紙を出すくらいなら、自社の商材を使えば良いじゃないか。
どうせ、同じようなサービスをやってるんだから。
言い知れない寂しさを、ムカつきで何とか誤魔化そうと躍起になっている自分に気が付く。
情けない、そう思いながら、次の営業先へと自転車を走らせた。


印刷会社の社長から、特に予約のキャンセルなどの連絡は入らない。
彼の営業活動は、失敗に終わったらしい。

複雑な想いで迎えた月曜日。
いつものように、ボードに新しい切手を掲示して行く。
彼が好んで買っていく花をモチーフにした切手は、必ず数種類入れるようにしている。
営業先で鉢合わせして以来、彼への感情は複雑なものだったけれど
その習慣まで止める事は出来なかった。

短い午前中が過ぎた昼休み。
やはり彼は、手紙を携えてやって来た。
しかし、いつもとは違い、切手のボードに視線を向けることも、挨拶を交わすことも無く、去って行く。
俺が局内に、彼が宅配業者の人間だと吹聴していると思ったのかも知れない。
そんなこと、するはずが無い。
何より、俺が、彼の来局を待っているのに。


その日、俺は郵便局員として、してはならないことをした。
帰宅後、彼の手紙の宛先になっていた郵便番号と地番をメモした紙を、財布から取り出す。
興味本位だった。
PCの画面に映し出された場所を見て、頭の中が白くなる。
俺は、何で、こんなことをしたんだろう。

□ 53_爛漫 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

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思考停止

学生の時、バイトで新聞社や選挙管理委員会の投票の世論調査員をした事があります。足を運ぶのは、1度の調査で10軒くらいだったと思います。
知らない人の自宅へ行って、その本人と面談するから、今から考えるとちょっと怖い。
女子大生だったからか、皆さん大変親切に饒舌に語って下さいましたが、其れがやっぱり怖くて、そのバイトは2回くらいで辞めました。バイト仲間の他の学生に聞いても、私が面談した方々が親切過ぎて嬉しそうだったから…。事前に、世論調査の御願いの文書が郵送されていますが、固い態度で門前払いされる事もあるらしいんですよ、他の学生の話によると…。

指定された住所の地図を見たら刑務所で、其所の職員住宅の職員だった事があります。大変親切な方でしたが、私が緊張しました!

国分の見た地図が、もしも刑務所だったら、頭が白くなるのも納得出来ます。
私も、刑務所の高い塀が見えた時、事前に分かっていたのに、思考停止しましたから。

驚きを超えて。

頂いたコメントは、いつも昼休みに携帯から承認しています。
今日の昼、携帯の画面を見て胆が冷えました。
まるで手の内を見透かされているようです。
その内、一から十まであらすじを読み当てられてしまうのではないでしょうか…。

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逃げ道は狭く。

非公開のコメントですが、こちらには返信させて頂きます。

世代の問題かどうかは分かりませんが、私個人のことを言えば
辛ければ逃げても良いと言われても逃げられない、と言うのが正直なところです。
学生の頃からそうでしたが、歳を取れば取る程、逃げ道はどんどん狭くなります。
仕事、家族…様々なしがらみを振り切ることが如何に難しいか、実感しています。

誰もが持つ願望を成し遂げた者に対して、抱く感情は様々でしょう。
労いの気持ちを持つこともあれば、やっかみもあるかも知れません。
正直、私の中でも固まっていません。
その答えは、今しばらくお待ち頂ければと思います。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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