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爛漫(1/3)

「すみません、これ、普通で」
毎週月曜日、昼休み時間帯の12時過ぎにやって来る、一人のサラリーマン。
封筒を差し出した彼の視線は、カウンターの脇に置かれたボードに移る。
すっかりコレクターズアイテムと化してしまった切手の数々が貼り出されたそれを
彼は、些か真剣に見つめていた。

特にお目当ての物も無かったのだろう、そこから視線が外れたタイミングで口を開く。
「80円になります」
そう言うと、彼は、はい、と答えて100円を手渡してくれる。
「お預かりします」
釣り銭を受け取った彼は、何処と無く安心したような顔をして、窓口を後にした。

彼がこうやって郵便局にやって来るようになったのは、1ヶ月程前くらいからだろうか。
いつも80円で収まる封筒を持って、窓口へ訪れる。
切手を貼ってポストに投函すれば良いのにと思っていたが
どうやら彼の目的は、切手にあるようだった。
手紙やハガキがメールに取って代わられてから久しい。
切手の売り上げも落ちる一方の中、数少ないコレクターや年配の方々に支えられている状態だ。
けれど、彼がコレクターでは無いことは
以前、自身が持ってきた封筒の中に、買ったばかりの切手を入れていることで分かった。

俺が彼のことを気にかけるようになったのは、他にも理由がある。
それは、宛先の住所が俺の実家と同じ街だったこと。
しかも、さほど変わらない歳に見える男にしては、かなり珍しい部類の行動。
露木と言う苗字の、宛名と差出人の名前。
故郷の家族への手紙なんだろう。
同郷意識も相まって、興味を持たずにはいられなかった。


郵便局の近くにある大きな公園。
ちょうど桜が見頃になった4月の初め、季節柄の商品を持って出張窓口を出すこととなった。
さほどの売り上げが見込める訳でも無かったが、近隣の自治体からも人がやって来る絶好の機会。
ノルマの消化と言う大義名分を抱え、先輩と共に人でごった返す公園へ向かった。

真っ直ぐ続く桜並木は、見事だった。
そう言えば、ここ数年、この時期はこうやって桜を眺めているような気がする。
花見に来たご婦人方が時折通りかかっては、何だかんだと喋って去っていく土曜の昼下がり。
良い天気に恵まれたせいか、大分暑くなってきた。
上着を脱ぎ、欠伸を出るのを必死に我慢しながら、行きかう人々を眺めていた。

「国分、ちょっと見ててくれるか」
辛いのは、俺だけじゃない。
暇そうな顔をした先輩は、時折断りを入れて、煙草を吸いに持ち場を離れる。
局内だったら上司に大目玉を喰らうところだろうな、そう思いながら背中を見送っていると
入れ替わるように、一人の客がやって来た。
「こんにちは、今日もお仕事なんですね」

目の前に立つ男は、見慣れない私服姿で切手のディスプレイを眺めている。
「お花見、ですか?」
「ええ、会社の。大分グダグダになって来たんで、適当に見て来ようと思って」
「良いですね」
「これって、この間出たのとは違うやつですか?」
そう言って、彼は一枚の切手シートを指差した。
「それは・・・確か、去年発売されたものだと思いますよ」
全国の桜の名所の風景をあしらった切手は、毎年この時期に発売されている。
その年毎に地方が変わり、今年は関東、去年は東北だった。
「じゃあ、これ、1シート下さい」
「ありがとうございます」

「そういえば」
レジ袋に切手シートとポケットティッシュを入れながら、それとなく質問してみた。
「いつも、お手紙出されてるのは、ご家族ですか?」
一瞬言葉に詰まった彼は、取り直すように固い笑みを浮かべる。
「え、ええ・・・母に」
「すみません、私も、あちらの方の生まれなもので、つい」
「そうでしたか。実は、母の実家の方で・・・僕はあまり所縁が無いんです」
少し残念に思った気持ちが、顔に出てしまったんだろうか。
彼は再度切手が貼られたボードを見ながら、言った。
「そのうち顔を出そうと思ってるんですが、なかなか機会が無くて」
目を伏せた切なげな表情を見て、客の素性に踏み込んだことを後悔する。
俺と彼は、そこまで親しい関係でも、何でもないのに。

居た堪れない空気を破ったのは、彼だった。
「菜の花の切手って、無いんですかね?」
「菜の花ですか・・・ここには持って来て無いですけど、ちょっと局内で探してみます」
「いえ、別にどうしてもって訳じゃないんですが、もうすぐ菜の花が咲くって手紙が来たので」

□ 53_爛漫 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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