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羨慕★(3/8)

月曜日の朝、一週間で最も憂鬱な時。
彼の家で過ごした時を惜しむよう、俺はそのまま職場へ向かう。

一緒に過ごす時間が、もっと欲しい。
そう思って、夜の仕事に転職しようかと考えたこともある。
けれど、その話を聞いた彼は、真っ向から反対した。
「折角積み上げてきた物を壊して、また一から作って行くのは大変なことよ」
今の仕事を始めて5年近く。
いろいろな現場で経験も積み、自信を持って業務に取り組むことが出来ている。
勢いで仕事を変えたとしても、うまくやっていけるかどうか、不安が大きいのも確かだった。
「私の為だけに、人生を踏み違えちゃ、ダメ」
「・・・恵さんは、今のままで良いの?」
「会える時間は短いけど、その分、濃密な時間が過ごせてると、思ってるから」
言い知れない寂しさで視線を逸らしてしまった俺の顔を、彼の手が包む。
間近に迫る彼の唇が、頬に触れ、軽く唇に重なる。
彼は知っている。
嫉妬深い、子供じみた俺を安心させる魔法の言葉。
「大丈夫、貴方は、私のものよ」


目の前のモニターに映し出される "漏水警報" の文字。
「3階の南側ACMRで漏水警報です」
「機器は?」
「OAF-3-1に付随する加湿器ですね」
「そこって、今、更改工事中か。東海林君、ちょっと、見て来てくれるかな」
郊外にあるデータセンター。
FM業務を請け負う会社から、この現場に派遣されて3ヶ月。
主にビル内の設備一般を監視し、トラブルがあればそれに対処するのが俺の仕事だ。

懐中電灯と工具箱と監視システムの端末を持って、空調機械室へ向かう。
びっしりと養生された狭く長い室内には、空調機が発する騒音と振動が響き合っていた。
俺の存在に気がついたらしい顔馴染みの職人が、大声で声をかけてくる。
「何か、ありました?」
「この加湿器から漏水警報が出てるんですけど」
その言葉に、彼は何処かバツの悪そうな顔をして駆け寄ってきた。
「すみません、さっき、ぶつかった時かも」
空調機の陰の機器を見ると、確かに給水管の継手の部分から水が滴り落ちている。
「すぐ、直すんで」
機器を覗き込む俺を強引に押しのけ、職人は腰から下げた工具で弛んだ部分を締め直す。
床を濡らしている水を拭き取ると、やがて警報は解除された。

「これって・・・やっぱり、上に報告するんですよね?」
端末を操作する俺の表情を窺うよう、彼はそう訊ねてくる。
「警報が出ちゃうと、誤魔化しようが無いんで」
「何とかなりません?ヘマやったって知られると、マズいんですよ」
「それは分かりますけど・・・」
繰り返される懇願に溜め息をつきながら、発報原因をヒューマンエラーから経年劣化に書き換えた。
「今回は大事に至らなかったから良いですけど、これから気をつけて下さいね」


この仕事の良いところは、出退勤管理が厳しすぎることだろうか。
8時半始業、17時半終業のスケジュールは、ビル単位で管理されており
申請無しに前後30分を超過すると、持ち場に管理室から電話がかかってくるようになっている。
もちろん、ビルの設備監理は24時間体制で行われているが
ウチの会社が請け負っているのは昼勤の時間帯だけ。
ダンピングで安く請けている故、給料もそれなりにしか出ないけれど
このご時世、残業も無しに働けるのは相当恵まれていると、同業他社の友人の話を聞くなり思う。

だからなのか、妙に夜が長く感じる。
データセンターが入るビルは工業地帯の真ん中にあり、駅前もかなり寂れた状態。
会社の送迎バスで駅についた後は、各々家路につくだけ。
同じ職場で働く同僚とも、それほど仲を深められないままだ。


寂しさが募る、月曜日の夜。
部屋の中で一人、PCの画面をぼんやりと眺めていた。
何となく開いたのは、老舗のSNS。
昔、登録しただけで殆どログインすることも無く放置していたことを思い出す。
あまりに久しぶりすぎて、全く見覚えの無いトップページ。
その片隅に置かれたバナーをクリックする。

画面に映し出されたのは、生活感溢れる部屋の中で壁を背にして座る、若い男。
カメラ目線の彼は、緊張した面持ちのまま、自らの下半身に手を伸ばす。
瞬間、目を伏せた彼は、拳で唇を押さえながら、ベルトに手をかけた。

本来は、同性のパートナーを見つける為に設置された動画配信のサイト。
それが今では、自らのセックスや自慰の場面を映したもので溢れている。
何処までが素人で、何処からが業者のものか、知る術は殆ど無い。
映っている男たちは、皆、俺と変わらない普通過ぎる男たちだからだ。

動画を見るのにも、配信するのにも、有料会員になる必要がある。
大した値段じゃない。
サンプル動画にまんまと引っかかったのは、疼く身体を鎮める為。
俺は、彼のもの。
『お帰りなさい。お仕事、お疲れ様』
彼から来るメールを掌の中で見ながら、そんな言い訳を繰り返した。

□ 48_羨慕★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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