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治癒★(3/6)

「北條さん、なかなか良い感じで繋がって来てますよ」
入院して1週間も経つ頃、問診してくれた医者は、そう言った。
「リハビリも兼ねて、病院内で歩くようにしてみて下さいね」
相変わらず脚はガチガチに固定された状態。
それでも、松葉杖さえあれば何とか歩けるようにはなっていた。
「どれくらいで、退院できますかね?」
「もう1週間くらいで、とりあえず家には戻れると思いますよ」
電子カルテに病状の経過を入力した彼は、最後に一言釘を刺す。
「でも、仕事復帰はまだ先ですよ」

慣れない松葉杖のせいか、力がかかる脇の部分が傷む。
そんなことを考えながら病室に戻ると、隣の高校生が羨ましげな視線を俺に向けて来た。
「良いな、歩けて」
入院当初固定されていた足は、左足だけが解放されたようで、右足は吊られたまま。
ベッドに拘束されたままの若い身体は、その表情にもどかしさを存分に映している。
「直に車椅子に乗れるようになるさ」
「そうかな。医者は、そう言うけど」
「なら、大丈夫だよ。俺らは、医者の言うこと信じるしか出来ないんだから」
目を伏せた彼の視線の先には、簡易テーブルに置かれたサッカー雑誌。
繰り返し読まれたであろう本には、所々に付箋が貼ってある。
「サッカー、やってるんだって?」
「そう。FW。でも、もう無理」
「怪我から復帰してるサッカー選手なんて、幾らでもいるだろ?」
何の気なしに向けた質問に、彼は冷めたような眼差しを俺に返す。
「右足首から下、ねぇんだ。どうやってボール蹴るんだよ?」


夕方近く、彼を訪ねて来たのは部活の監督だったようだ。
その口から告げられたのは、残酷な、選手生命終了の報告。
「オレには、サッカーしかないのに・・・これから、どうすれば」
「まだ、2年生だ。これから勉強して、大学に行くって言う道だってある」
「大学行って、何になるんですか?やりたいことなんて、何も無い」
涙声の若者の言葉に居た堪れなくなって、俺は病室を出た。

ガラス張りになっているラウンジには、眩しい位の西日が差し込んでいる。
壁に備え付けられた掲示板には、健康管理の啓発や禁煙ポスターなどが雑多に貼られていた。
その中に、気になるチラシが一枚。
スポンサーとして名を連ねる会社の中には、見覚えのある名前。
人生を諦めるには、早過ぎる。
「すみません、これと同じ物って、もう一枚あります?」
通りかかった看護士に訊ねると、彼女はありますよ、と笑って答えてくれた。


その夜、都心は再び雪に見舞われた。
「革靴じゃ、そこの坂、きついなぁ」
「結構積もってんの?」
「いや、まだそれほどじゃないけど、明日の朝には真っ白なんじゃね?」
屋上での逢瀬は無理と諦めた俺たちは、ラウンジの隅で短い時間を過ごす。

「そうだ、これなんだけど」
コーヒーの湯気で曇った眼鏡を拭く彼に、夕方貰ったチラシを見せた。
「ん?・・・ああ、車椅子のサッカーね」
「貴司んとこの会社、スポンサーやってんの?」
「ま、正確にはウチの親会社だけど。社内報とかでも回って来てるよ」
「これの資料とかって、手に入る?」
「入ると思うけど・・・何で?」
声も無く涙を流す少年の顔が頭に浮かぶ。
大きなお世話かも知れないけれど、少しでも力になれれば、そう思わずにいられなかった。


電車が止まるとヤバイ。
そう言って、いつもよりも少し早めに帰った彼氏を見送り、病室に戻る。
電動ベッドの上半身側を起こした状態で、少年は外を眺めていた。
「雪、降ってるんだね」
「積もるかも知れないってさ」
「・・・そう」
彼のベッドの側へ赴く。
ゴミ箱の中に無造作に投げ込まれた雑誌が、目に入った。
「何?」
俺の気配に、彼の視線は窓から外れる。
頑張れ、待ってるからな。
そんなギプスの落書きが、少し霞んでいた。
「これさ、ラウンジに貼ってあったから」
空になった簡易テーブルの上に、チラシを置く。
僅かに表情を変えた彼は、自嘲気味に諦めの一言を吐いた。
「もう、良いんだ。やりたいことも、何もねぇし」
「サッカーはやりたいんだろ?」
「だから、出来ねぇって言ってんじゃん」
「それでもやりたいって人たちが、こう言うことやってんじゃないの?」
少し強くなった口調に、彼は押し黙る。
大人気ない、そう思いながら、俺は言葉を続けた。
「本当に好きなら、どんな可能性にも縋るべきだと思うけどね」
「でも、こんなの・・・」
「好きなものに関われる人生って、すげぇ幸せなんだよ?君には、まだ、チャンスがあるだろ?」

□ 37_明鏡 □
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□ 46_治癒★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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