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治癒★(1/6)

ああ、やばいな。
あいつ、どんな顔するだろう。
心配かけたくなかったのに。
って言うか、あんなタイミングで出てくるなよ。

迫り来る電柱を目の前に、逆方向へ流れていくバイクを見送る。
次の瞬間、俺の身体はコンクリートの支柱に蹴りを入れるようにぶつかった。
頭に響く鈍い音と痛み。
反動で反った身体が、側のガードレールに打ち付けられる。
逃げた奴は、道路の向こうにあるマンションの門の影から、こちらを見ていた。


バイク便のライダーを始めて、もう何年にもなる。
今まで無事故無違反でやってこれたのに、忙しい年の瀬にこれか。
「で、何で自爆したって?」
ストレッチャーに乗せられたまま、白バイ隊の兄さんから軽く尋問を受ける。
「いやぁ、路地に入ったところでネコが飛び出して来て」
「・・・は?」
「ネコ、ね、避けようと思ったら滑っちゃって・・・」
曲げようの無い事実に、彼は呆れたような笑い声を上げながら、調書に何かを書き込む。
「まったく・・・教習所で習わなかった?危ない時は、人以外轢けって」
「そりゃ、習ったとは、思いますけど。・・・じゃ、お巡りさんなら、轢きます?」
多少面食らった顔をした警察官は、しばらく考えた後、口を開いた。
「もし、滑ったバイクが通行人にぶつかって怪我したら、君の過失になるんだよ?」
「・・・分かってます」
彼は救急隊員に俺を運ぶよう手で指示をしながら、悪戯っぽく微笑んだ。
「ま、オレの時は、人とネコ以外なら轢けって習ったけどね」


「何、やってんだよ・・・」
面会時間も終わりが近づいた夜9時前。
ベッドに横たわる俺の前に、彼が現れた。
大分急いで来たのだろう、眼鏡が曇り、息が少し上がっている。
「ちょっと早い冬休み」
クスリともしない様子に、彼の心配度合いが示されているようだった。
「ごめん、心配かけて。大したこと、ないから」


彼と人生を共に歩んで行こうと決めてから、どのくらい経っただろう。
出会ったのは、自分が男しか好きになれないと言う境遇に疲れきっていた時期。
積極的なアプローチに半ば押される形で付き合うようにはなったものの
真っ直ぐに俺を慕ってくれる気持ちに手を引かれるよう、のめり込んで行った。

ふとした時、彼が口にする言葉がある。
「オレ、ハルがいなくなったら、どうなんのかな」
互いに職にも就いているし、一人で生きていくことも可能だ。
実際、彼と出会う前の俺は、孤独な人生を送ることに抗う気持ちも無かった。
けれど、貴重な存在を得た今、彼の言葉は俺の心に刺さる。
俺だって、同じことを、いつも思ってる。
「大丈夫だよ。ずっと一緒だって、言ったじゃん」
「でも・・・」
「俺も、貴司の感触、身体に刻み付けておくから」
不安げな表情をした彼の頬に手を添え、そっと唇を重ねる。
「何かあったとしても・・・その時に互いの辛さを癒せるような人生、送ろう」


俄かに安堵の表情を取り戻してきた彼の手に、指を伸ばす。
絡む震えた指の感触でさえ、愛おしかった。
「・・・無事で良かった。本当に」
彼の呟きに切なさが募る。
視線が絡んだ時、廊下の向こうから看護士の声が聞こえて来た。
「もう、時間か」
「みたいだな」
「また、明日来るよ」
「ああ」
握った指に、少しだけ力を込める。
ふと後ろを振り返った彼は、瞬間、微笑みながら俺の額にキスをして離れていく。
「おやすみ」


ガランとした二人用の病室。
俺が運び込まれた時に先客はおらず、急に広い部屋を与えられたようで、ちょっと嬉しかった。
とは言え、結局自力では身体を動かすことも出来ないので、無意味な喜び。
固定されたままの右足を恨めしく思いながら、天井を見つめた。

「そう言えば、従姉妹の香奈ちゃんが今度結婚するって」
「へぇ、そう」
午前中にやってきた会社の上司の手土産を食べながら、母親がそんなことを言う。
その後に続くであろう言葉を飲み込むよう、彼女はお茶を口に含んだ。
申し訳なさと、煩わしさ。
両親と対峙する時は、大抵そんな感情を腹に抱えている。
「吉崎さんにも、いつまでも迷惑掛けられないでしょ?」
「お互い働いた上で一緒に住んでるんだし、迷惑なんて掛けてるつもり、無いよ」
「晴彦はそうでも、彼がどう思ってるかは分からないじゃない」
「少なくとも、母さんよりは俺の方が、貴司のことは良く分かってるから」

男ばかり3人兄弟の末っ子。
にも拘らず、誰一人結婚していないことに、母は若干不安を抱いているのかも知れない。
兄貴たちは、俺とは違うはずだ。
だから、いつかは結婚と言う吉報を持ってくるだろう。
そんな自分勝手な希望を抱いていないと、一生引き摺るであろう罪悪感には、打ち勝てない。

□ 37_明鏡 □
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□ 46_治癒★ □
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コメント

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複眼思考

吉崎貴司が自動車教習所の若狭教官に『精神的よろめき』をしていた頃、一方、晴彦は?二人部屋の病室の空きベッドに誰かが入院して来るんでしょうか!?ドキドキ…。

二人部屋って、ナンカ嫌ですよね。いびきや歯軋りがある人もうるさいし、変な性格やお喋りな人も嫌ですし…。
個室は昼間は良いけど、夜になると怖くなる事も…。
一口に連作と言っても、作品毎に色々な趣向があって、面白いですね。
まべちがわさんの頭の中にはたくさん引き出しがあって、手品の仕掛けみたいなのが一杯入っているのでは?
そして、緻密な構成力は職業上で培われた賜物では?
小説に艶やかさと可憐さが同居する不思議な魅力があり、そこに惹かれます。

まさかの形容詞。

こちらの話は、随分前に頂いたリクエストを元に書いてみました。
R18では無かった話をR18で焼き直すと言うことに引っ掛かりはあったのですが
こういった状態で性描写をする機会も無かったので、なかなか面白かったです。
前回の話と今回の話では若干の時間差があるので、残念ながら教官は出て来ません。

もうじきblog開設から1年。
流石に、引き出しも殆ど開けきってしまった状態で
引き出しの奥に隠れた引き出しがないかどうか、探しながらの毎日です。
お褒めの言葉、大変ありがたいのですが
可憐、と言うのは・・・思いも寄らない形容詞で、ちょっと驚きました。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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