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無上(6/6)

『さっきは、すみませんでした』
地下鉄の駅のホームで、留守電に残されたメッセージを聞く。
くぐもった声が、彼の心情を映すようだった。
『でも、あんな恋愛をしている江藤さんを見るのが、辛かった』
深い溜め息が、スピーカーから漏れてくる。
『貴方には、誰かの、一番でいて欲しいんです。そうじゃなきゃ・・・』
何かを言いかけたのか、しばらくの沈黙の後、メッセージは切れた。

伝言を消去することも出来ないまま、ホームのベンチで行きかう人々を眺める。
躊躇無く後輩とキスをした彼女の姿。
切なげな視線を投げて去って行った後輩の姿。
嫉妬と憂慮と、虚しさが入り乱れる。
何処かに落ち着きたい。
俺だって、誰かの一番に、なりたい。

繋がらなかった携帯からのコールバックは、思ったよりも早く来た。
「良いんですか?電話なんかしてて」
突っかかるような言い振りの、感傷的な声。
「お前、今、何処にいんの?」
その問に、彼は少しの間を持って答を出す。
「今晩、一緒に過ごしてくれる男を、探してます」
「何処にいるかっつってんだよ」
俄かに沸き起こった得体の知れない感情が、口調を荒くさせた。
「・・・どうしてですか」
「そこで会った男が、お前の一番なのか?」
質問に答える事無く、彼は大きく息を吐く。
「俺は、何処に行けば良い」
「今、新宿、です」
「そっち、雨降ってんの?」
「いえ、まだ・・・」
「20分で行くから。南口の喫煙所で、煙草でも吸ってろ」


俺の姿を認めた片桐は、持っていた煙草を灰皿に放り込む。
軽く頭を下げ、複雑な顔で俺の言葉を待っていた。
「続きが聞きたい」
「え?」
「何て言おうとしたんだ?留守電で」
視線を逸らし口をつぐんだ彼は、俺に背を向ける。
「もう一本、良いですか?」

指先が軽く震えている。
上手く火が点かないライターを取り上げ、先端を炙る。
後輩は、自らを落ち着かせるように深く煙を吸い込み、吐き出す。
流れていく煙が、雑踏のネオンに溶けた。
「そうじゃなきゃ、諦め切れないって、言おうと思ったんです」
「何を?」
「・・・江藤さんを」
周りの音にかき消されそうな程の声、その中に聞こえた名前に、鼓動が早くなった。
俺と目を合わせること無く、俯いたままの後輩は、絞り出すような声で会話を終わらせようとする。
「戻って下さい、彼女のところに」

気持ちを落ち着かせるよう、煙草に火を点けた。
拳を握り締め、細かな震えを抑える。
「・・・俺、か」
長い沈黙の後の一言に、燃え尽き、フィルターだけになった煙草を持ったまま、片桐は言葉を失う。
軽く頭を左右に振りながら唇を噛む後輩の姿に、やり切れなさが滲む。
「そんな顔、するなよ」
遠い夏、彼が言った、同じ言葉。
彼は、俺の我が侭を、どうやって受け止めようとしてくれていたのだろう。
「・・・でも、一番になれないことなんて、分かりきってるんです」
力なく放り投げた煙草が、的を外し灰皿の下に落ちる。
拾い上げようと差し出した手が、後輩の手と軽くぶつかった。
「一人で結論出して、すっきりしてんのか?」
すんでの差で彼より早く手にした吸殻を、自分の煙草と共に灰皿に捨てる。
相変わらず俯いたままの後輩は、何も言わなかった。

鼻の頭に、水滴が当たる。
小さな黒い染みが、足元のインターロッキングブロックに拡がっていく。
多彩な色の傘が、そこかしこで開かれて、急に視界が狭められた。
何かを待ち侘びるように、片桐は虚ろな目で空を見上げる。
頬に当たった雨粒が、歪な曲線を描きながら首元へ流れ、まるで涙を流しているように見えた。
「お前、新宿、よく来んの?」
何でもない問に、やっと彼の顔が俺の方を向く。
「そんなには・・・」
「こういう時、くらい?」
「・・・そうですね」
「じゃ、もう来る必要ねぇな」
「え?」
「買い物は、銀座で満足しておけよ」
彼の襟元を掴み、引き寄せる。
躊躇いは、無かった。
その唇に自分の唇を重ね、直後、そのまま身体を押し返す。
側に立っていたサラリーマンの表情は、驚きを示したまま、固まっていた。
呆然とする後輩の尻をカバンで叩き、駅の方へ促す。
「帰るぞ」


強烈な日差しが差し込む電車の中。
「今日は倒れないようにして下さいよ?」
眩しそうに外を見る片桐が、そう言った。
「分かってる。気をつけるよ」
「一人で測って、記録して、写真撮ってって、結構大変なんですから」
さほど大変そうな顔もせず、彼は笑う。

美沙と会ったのは、あの夜が最後だった。
誘いをはぐらかし、1ヶ月も経った頃、夫の転勤で海外へ行くとのメールが届く。
身体に気をつけて、そんな短いメールへの返信は、無かった。

「お前、今度、十条に引っ越せよ」
「江藤さんの家の、近くですか?」
「南砂町よりは会社に近いだろ」
「・・・銀座が遠くなるじゃないですか」
「家の近くにもあるぞ?十条銀座」
「しょーもな・・・」
苦笑しながら、彼は一瞬車窓に目を移し、俺の方へ向き直る。
「ま、考えておきます」
陽に照らされた微笑みにもたらされる、晴れやかな充足感。
感情に順位をつけるなんて、野暮なことかも知れない。
それでも、やっぱり、俺は誰かの一番の存在でありたい。

□ 43_無上 □
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蓼食う虫も好き好き

十条銀座は行った事ないですね。大阪の十三みたいなのかなぁ?
家族・親戚が住んでいる関係で九段富士見・飯田橋、高縄、品川・目黒方面、駒場・渋谷・文京区、国立市くらいは多少土地勘があるかも…。
東京は広いな、繁華街も沢山あって。東京砂漠なんて言う人は、東京の事を知らない馬鹿者ですね(笑)。街路樹や公園など緑もとても多いですよね。靖国神社の横を良く散歩したもの…。

片桐はカッコいい!若さと大人びた落ち着きと両方持ち合わせているから。読んでいて、スカッとしました。

『蓼(たで)食う虫も好き好き』。
大学生の頃。美人のA子の1学年上の彼氏は、A子に言わせると彫りの深いスペインの人みたいで、友人達によるとあんパンみたいな顔…。
ある日、レストランで偶然A子と彼氏に会い、紹介されました。あんパンでした(笑)。
その後、某都市銀行に就職したA子の彼氏。卒業後、半年も経たずに銀行で彼女が出来たと言ってA子を振りました。
見た目がパッとしないあんパンが、モテ男なのにビックリしました。アタシを一番好きなのね!と相手に思わせる特技の持ち主かもしれない。人は見掛けによらないし、人の好みも様々ですしね。

惹きつける才能。

十条銀座はかなり大規模なアーケードの商店街です。
よくあると言ってはよくある商店街なんですが
初めて行った時は、その長さに、何処まで続くのか不安になったくらいです。

イケメンと美人は人生得してるよね、と会社の後輩と話していましたが
そうではなくても、何故か人を惹きつけるような人は確かにいます。
人柄なのか、造作なのか、話し方なのか、それとも固有の雰囲気なのか。
そういう魅力を持った人は、羨ましいですね。

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文字と韻。

非公開ですが、こちらのコメントには返信させて頂きます。
御了承下さい。

誤用か否かを議論する際、よく出て来る言葉があります。
その一つが "耳触り" という単語です。
本来であれば "耳障り" = 聞いていて不愉快な様 となりますが
文章の韻の表現上、どうしてもこの言葉で書きたいと思い
前者の言葉を使った話があります。
何処までが許されるのか、いつも難しく思う点です。

リクエストの件、了解致しました。
次に書こうと考えていた話が、若干その方向にあったので、良いタイミングでした。
公開は大分先になってしまいそうですが、何卒お待ち頂ければと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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