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無上(4/6)

「今日は35℃まで上がるそうですよ?」
電車の中から恨めしそうに外を眺める後輩の片桐が、そう呟く。
「だからって、日程ずらす訳には行かないんだよ」
「まぁ・・・雨降るよりは良いですけど」
これから向かうのは、建て替えを予定している老人ホームの現地調査。
古い現況図しか無い上、何回も改築を繰り返されてブラックボックスになってしまった設備関係を
半日かけて明らかにするのが、今日の目的だ。
「外構が主なんですよねぇ」
「そりゃ、既存の建物は壊すからな」
あからさまに不満を顔に出す後輩の尻を、カバンで叩く。
「ほら、次の駅だぞ」

駅から歩くこと15分。
噴き出す汗が背中をじっとり濡らす頃、やっと目的地に辿り着く。
「暑い中、ご苦労様です」
そう言って出迎えてくれたのは、施設の理事長。
以前会った時と変わらず、気さくな雰囲気で麦茶を出してくれた。
「こちらこそ、お忙しい時に申し訳ありません」
既に仮住まいへ引っ越しが始まっている施設には、殆ど人気が無い。
中では、職員と思しき若者が荷物の整理をしているのが見えた。
「日差しも厳しいですから、休み休み、作業されて下さいね」
「ありがとうございます」


台帳を見ながら公設桝を探し、そこから排水桝を辿っていく。
大きさと深さを測りながら、図面にプロットする。
「結構、深いなぁ」
「地中梁を避けて配管出してるんだろ」
「これなら、再利用するのも楽ですね」
「水周りの位置は、そんなに変わらないしな」
改築部分の平面図を眺めながら、排水ルートをざっくり考えていると
不意に流れた汗が図面に落ち、書いた文字が滲んだ。
僅かに西に傾き始めた太陽が、首の後ろを焦がすように照り付ける。
一息ついて、顔を上げた。
「よし、次は雨水桝か」

暑さに思考が溶かされていく。
「この桝・・・ですかね?」
片桐の声が、妙に遠く聞こえる。
「何・・・?」
瞬きをしても、視界の霞みが取れない。
「・・・さん?!」
身体の力が抜け、視界が地面に覆われる。
ひんやりとした土の感覚が、薄れていく意識の中で、怖いほど気持ち良かった。


あの後、俺は美沙と一晩を共にした。
久しぶりの彼女の身体の感触は、身も心も溶かしてくれた。
互いの欲望を満たすかのように、幾度と無く身体を重ねる。
いつの間にか眠りに落ちたのは、多分朝が近くなってからだったと思う。

出張から戻る夫を出迎える為、彼女はホテルから品川駅へ向かった。
罪悪感と裏返しに、心の底に広がる暗い満足感。
幸せになれない道なのに、立ち止まることが出来ない愚かな自分。


後頭部を包む、冷たいゴムの感触。
目の奥がズキズキと痛み、ガラガラと言うくぐもった音が虚ろな頭に響く。
すっかり夕暮れ時のものになっている風景を見て、我に返った。
寝かされていたソファから身を起こすと、少し離れた場所に座っていた片桐がこちらを窺う。
「大丈夫ですか?」
「ああ・・・もう、平気」
心配そうな表情で近づいて来た片桐の手が、俺の首筋を撫でる。
「大分、熱は下がったみたいですね」
安堵を覗かせる後輩の後ろに、部屋に入ってくる理事長の姿が見えた。
「気がつかれましたか」
「ご迷惑をおかけして・・・すみません」
「大事に至らなくて、何よりですよ」

軽い熱中症だったらしい。
倒れてすぐ、身体を冷やして貰ったのが功を奏したのか、何とか事なきを得た。
俺が寝ている間、やるべき調査は片桐が一人で済ませたと言う。
「あんまり、無理しないで下さい」
「ホントに、申し訳ない」
若干だるさの残る身体を引き摺るように歩く俺に、後輩は疲れた笑顔を見せる。
まだ頼りない若者と見ていた彼の姿が、少し変わったように感じられた。

「そう言えば、何回か電話が来てたみたいですよ?」
行く手に駅が見えてくる頃、片桐が思い出したように言った。
携帯を確認すると、会社から1回と、美沙の携帯からが2回。
「彼女ですか?」
喫煙所を前に、煙草を咥えた片桐が興味深そうな表情で聞いてくる。
「いや、別に・・・そんなんじゃないけど」
「江藤さん、最近ちょっと変わりましたもんね」
「何が?」
「雰囲気とか、格好とか」
「そうか?」
火をつけられた煙草から、薄い煙が立ち昇る。
煙草の先を見つめるように、後輩は一瞬目を伏せ、俺を見た。
「案外分かりやすいですよ、江藤さん。そう言うところ」

□ 43_無上 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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色々な受難曲

バッ/ハの『ヨハネ/受難曲』を聴きながら読んでいたら、なんとも重苦しい。
後輩の片桐が江上の転機になりますか!?
昨日は雨で涼しい中、各町内毎の地蔵盆も無事終了。地蔵盆というのは子供の成長を願って行われる行事で、町内のお地蔵様を飾ってお祀りし、福引きや数珠回しやゲームなどをします。参加資格はその町内在住か在住者の孫の希望者に限ります。
排他的にみえますが、隣の町内は隣でしていますから、誰も怒ったりしていません。
京都市ではお盆で各家庭に精霊を迎えた後、無事にあの世にお帰り頂く為に五山送り火をします。元々、ローカル行事なんですね。
地蔵盆も終わって、子供の夏休みの宿題の追い込みが佳境に入っています。父親は工作担当、母親は読書感想文担当(笑)。子供はドリルで悲鳴(笑)。
美沙は子供がいないんですかね、亭主が留守中に浮気とは羨ましい(笑)。

恋愛の本質。

先日投稿したコメントを、幾つか個人的に不適切な発言があったように思われた為
削除致しました。
改めて、ご返信差し上げます。

付き合う相手が切れない人というのは、男女問わずいるもので
その理由としては、何処か人恋しいから、と言う事なんではないかと思います。
遊びで終わるなら良いのでしょうが
そこから顔を出す独占欲が恋愛に火を点けるんだろう、そんな思いから今回の話を書きました。
「最後に私のところに戻って来てくれれば良い」
よく聞く言葉ですが、これも結局自分が一番であることを
自認する為のものなんではないかと思っています。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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