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無上(1/6)

「指輪、外さなくて良いよ」
俺が毎回こぼす言葉に、彼女は必ず怪訝な笑みを返す。
一番にはなれない。
そんなことは、分かっている。

彼女と出会ったのは、もう10年以上も前の大学時代。
友達の彼女の友達と言うよくある関係から、付き合うようになるまで、それほど時間はかからなかった。
淡い恋を終えたばかりだったからだろうか。
初めてのセックスの快感も、それに火を点けた。
癒しを求めるように、彼女との日々に全てを捧げるようになっていく。

そんなだらついた恋愛関係は、俺が大学を卒業し、地元を離れて上京すると共に終わる。
数ヶ月は連絡も取っていたものの、やがて燻りは完全に消え去った。
彼女の他にも、何人かの女と付き合ってきたことはあったけれど
いつも、波に乗ってきたくらいで熱が急激に冷めてしまう。
懐かしくて愛しい、あの微笑みが、心の何処かに引っかかっているのかも知れない。


「駿、くん?」
思いも寄らない再会だった。
プライベートでは決して立ち寄らないであろう駅に、仕事の打合せで赴いた時。
駅前の喫煙所で一服していた俺の前を通り過ぎようとする、日傘を差した女性に声をかけられた。
膝丈のワンピースに大き目のストールを羽織った彼女は、学生の頃の趣を殆ど捨て去り
左手に光る指輪が、その隔絶感をより大きくさせる。
「美沙?」
「うわぁ・・・信じられない。こんな所で会うなんて」
「そっちこそ・・・いつ、こっちに来たんだ?」
「半年前、旦那の転勤でね」
「・・・そう」
一瞬うろたえた俺の言葉に、彼女は僅かに目を細め、気が付かない振りをする。
「折角だから、今度、ご飯でも食べに行こうよ」
「え?」
新しいモデルのスマートフォンをバッグから取り出すと、俺のも出せとばかりにこちらを向けた。
「なかなか新しい友達も出来ないし、寂しいのよね」
「でも」
「良いじゃない。飲み友達として、やり直そ?」

元カノとの再会は、消え去ったはずの感情を蘇らせた。
決して実ることの無い、奥底で悶えるだけの気持ち。
それでも、仕事に追い立てられる毎日の中で、唯一心が癒される感覚に見舞われる。
彼女は、他の男の妻。
俺のものにはならない。
その卑屈な思いが、彼女との一時に執着させているのだろうか。
彼女と顔を合わせる頻度が高くなっていくにつれ
小さなダイヤモンドが装飾されたプラチナのリングは、徐々に防波堤の役割を果たさなくなっていった。

「来週の金曜日、何か予定ある?」
真夜中近くに来た、彼女からの電話。
「別に、無いけど」
「なら・・・」
ふと、カレンダーに目をやり、思わず言葉を遮った。
「いや、まずいだろ?」
「どうして?」
「それは・・・旦那と一緒に過ごさなきゃ」
「良いの。彼、来週は土曜日まで出張だから」
彼女の夫は、誰もが知っているような大企業に勤めている。
初めて聞いた時には、つまらない劣等感に駆られたけれど
それ故に、多忙な日々が続き、顔を合わせることも少ないという愚痴もよく聞かされていた。
「一人じゃ、寂しいよ」
「・・・分かった」
暗かった声に、ふと明るさが戻る。
「ありがと。楽しい夜にしようね」


待ち合わせ場所に現れた彼女は、いつもよりも少し大人びた雰囲気を漂わせていた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「いや、大丈夫だよ」
彼女は不意に俺の襟元に手を差し入れ、形を整える。
「駿は、相変わらずファッションに無頓着だよね」
「ワイシャツなんて、そんなこだわるもんでもないだろ?」
「シャツ一枚の今の時期だからこそ、ちゃんとしなきゃ」
「そんなもんかな」
フッと笑った彼女は、何かを言いかけて言葉を止めた。
紙袋を提げた俺の腕に、彼女の腕の体温が絡む。
「今日のお店ね、一度行ってみたかったんだ」
きっと、傍から見れば俺たちは普通のカップル。
引っ張られるように歩きながら、視界に映る彼女の姿が、堪らなく切なかった。

こんな店、彼女以外と来ることはまず無いだろう。
ウェイティングラウンジの窓から見える東京の夜景が、そう実感させる。
「そうだ、先に、これ」
俺が差し出した包みに、固めの革のソファに座った彼女は、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「私が紅茶好きなの、覚えててくれたんだ?」
「誕生日なのに、大したものじゃなくて、ごめん」
「ううん。このブランド、大好きだから。ありがとう」
吸い込まれるように、手を握り合う。
彼女の瞳には、俺だけが映っている。
有り得ない喜びに、一人打ち震えた。

□ 43_無上 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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別れた後の分岐点

忘れた頃にやって来るもの…楽しみにお待ちいたします。ありがとうございます。

さて、今回のお話。いつもと違った出だしですね。名字でなく名前が出てますし。
なんか、美沙は狡い、駿が可哀想…。私が代わりに縁切り神社へ行ってきましょか!?清水寺にありますから、お詣りしてあげたいですね。

別れた後で、別れても/好きな人…となるのか、嫌な人として残るか…。
「あなたは僕の事が本当は好きでなかった。」←頭にきました、あんたは読解術がわかるの!?悪いのは私だと言いたいんですね!?

結婚する事を管理職に報告した時に言われた言葉。
「男に殺されないように気を付けろよ。その目は男を狂わすからな!」←呪いをかけられたみたいです。忠告は有り難く受けて、気を付けています。

予測不可能な言動や行動をする人には、警戒警報を出さなきゃね。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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