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明鏡(4/4)

快晴でもなく、さりとて雨が降る気配も無い。
これくらいがドライブ日和なのかも知れない、そう思わせる週末。
教官1人と教習生3人を乗せた教習車は、郊外の高速道路を疾走する。
どう言う意図でこの構成になったのかは分からないが
俺以外の2人の教習生は、いずれもうっかり失効で再取得を目指す、要するに経験者。
助手席の若狭教官にアドバイスを貰う俺だけが、時速100kmの世界に緊張感を高めていた。

「もっともっとアクセル踏んじゃいましょう」
アクセルを踏み込むほどに、速度計の針が時計回りに動いていく。
路上教習では味わえない、圧倒的なスピード。
日常会話の中で出てくる只の数字が、実際こんな威圧感を持っているとは思いもしなかった。
強張り、無言になった俺の様子を見て、教官が声をかける。
「もうちょっとリラックスしても大丈夫ですよ」
「・・・はい」
「初めは怖いかも知れませんけど、徐々に慣れて行きますから」

途中のパーキングエリアで休憩を取る。
同乗者たちが煙草を吸いに出かけている間、俺は車の側で若狭教官と立ち話をしていた。
「どうですか?高速教習は」
「想像以上に・・・ハードです」
一瞬はにかんだ彼は、不意に寂しげな顔をして、目を伏せる。
「あまり怖がるのも問題ですけど、一握りの恐怖心は、免許を取った後でも忘れないで欲しいですね」


免許証には、何処の教習所を卒業したのかと言う記録が残されているそうだ。
それを元に、卒業生の事故率が低いことを謳い文句にしている教習所もある。
事故を起こしたドライバーが卒業した教習所にも、当然その情報が伝達されるようになっており
万が一、死亡事故などを起こした場合は、関係者が事故現場に赴くこともあると言う。

それは、年明けすぐのこと。
免許を取得して1年ほど経った若者が、高速道路で事故を起こし、命を落とした。
カーブを曲がりきれなかったことによる自損事故。
数日後、若狭教官は教習所の所長と共に、その現場へ行ったと言う。
若者は、彼が高速教習と卒業検定を担当した、教習生だった。
その死を悼むと共に、その事故原因が何だったのか、どうすれば防ぐことが出来たのかを考える。
「センスは悪くなかったと思うんです。ただ、ちょっと過信していた部分があった、かな」
軽く溜め息をついた彼は、薄曇りの空を見上げる。
「たくさんの教習生を担当しますから、一人一人を覚えていることは出来ませんが」
いつも笑みを湛えていたはずの瞳は、とても苦しげだった。
「あんな形で、僕の記憶に残ることだけは・・・止めて下さい」


俺は、違う形で彼の記憶に残ることは出来るだろうか。
消え去らない不徳な気持ちを隠しながら迎えた卒業式。
初心者マークを手に教室を出ると、技能講習を終えたらしい若狭教官と顔を合わせた。
「今日で卒業ですか?」
「ええ、いろいろとお世話になりました」
「お仕事しながらだと本試験も大変かも知れませんが、頑張って下さいね」
そう言って、彼は俺に向かって手を差し出す。
握った手は、少し震えてしまったかも知れない。
「どうぞ、お元気で」
最後の微笑み。
どうにかなりたいなんて、思うことは出来なかった。
ただ、この笑みを記憶の片隅に置いておくことくらいは、許して欲しい。
去って行く彼の後姿を見ながら、心の中で、詫びた。


「お、あれ、貴司が言ってた教習所の車じゃね?」
助手席に座る晴彦が、前方の車を指差す。
夏の真っ盛り。
無事に免許を取得した俺は、晴彦と休みが会う度に、運転の練習と称したドライブに駆り出されていた。
「ホントだ。・・・懐かしいな」
「懐かしいって、この間まで行ってただろ?」
「そうだけど、さ」

あの日と同じような薄曇りの天気の中、目指すのは隣県にある一軒の店。
「高速使ってカレー食いに行くって・・・駅前のカレー屋でいいじゃん」
「美味いって評判なんだよ。高速走る練習にもなるし」
「ハルが食いたいだけだろ?」
「こんなことが無いと行かないんだからさ。帰りはオレが運転するから」

乗り慣れた車体を追い抜いていく。
運転席には緊張した様子の教習生が座り、ハンドルを握っていた。
バックミラーに映る車を再度確認した時、助手席の教官がふと手を挙げるのが見えた。
鏡の中の顔は、小さくてよく分からなかったけれど
きっと変わらない笑みを浮かべているんだろう、そう思いながら、ハザードを一回だけ点ける。
「どうした?」
「ん?いや、頑張れって」
「偉そうに。初心者マークつけた奴に言われたくねぇだろうよ」
「まぁな」

しばらく後ろをついて来ていた教習車は、途中のインターで降りて行った。
ありがとう、さようなら。
心の中で、そう呟く。
灰色だった空が少し明るさを帯びて来て、雲の隙間から青空が見える。
何かが吹っ切れたような気がした。
「ハル」
「ん?」
「俺も、すげー好き」
「知ってる」
「・・・雰囲気ねぇな」
「次のインター降りたところに、モーテルあるけど?」
「ばっかじゃねぇの?」

窺うような視線に負け、結局俺はウインカーを左に出す。
きっと、カレーは次の機会になるんだろう。
寂しい想いをさせた、一時でも心変わりをしてしまったことを償うのは早い方が良い。
助手席で笑う最愛の男を見ながら、記憶の蓋をそっと閉じた。

□ 37_明鏡 □
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□ 46_治癒★ □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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