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明鏡(1/4)

目にペッタリ張り付くような感触。
しばらく潤んでいた視界が晴れると、クリアな世界が飛び込んでくる。
「初めの内は慣れないでしょうから、車の運転などは控えて下さいね」
白衣を着たお姉さんが、そう言いながら俺の顔を覗き込む。
子供の頃から長い間かけ続けて来た眼鏡。
落ち続ける視力を食い止める為、そして遅まきながら立てた一つの目標の為
30歳近くにして、初めてコンタクトに替えることにした。

「どうよ、コンタクトの感じは?」
ショッピングモールの中にある眼科の前で待っていた連れは、開口一番そう言った。
「何とも・・・違和感が凄い」
「初めはしょうがねぇな。ま、落としたり、流したりすんなよ?」
「分かってるって」
隣の男はふと歩みを止め、俺の顔を凝視する。
「・・・何だよ?」
「いや、何か、すげぇ新鮮」
「何が?」
「眼鏡かけてない貴司」
「寝る時は、かけてねぇじゃん」
「外で、ってことだよ」
「ああ、まぁ。・・・惚れ直したか?」
「ば・・・っか、じゃねぇの?」
俺は彼の、こんな風にうろたえる姿を見るのが好きなのかも知れない。
照れを隠すように歩みを速める男に、背後から声をかけた。
「腹減った。飯食おうぜ」


彼と一緒に住むようになってから、もう3年が経つ。
出遭ったきっかけは、同性愛専門のSNS。
正直それほど期待もしていないかったし、それなりに不安もあったが
決め手になったのは、俺のストライクゾーンど真ん中のルックスだった。
同郷であると言う、唯一の、けれど大きな共通点だけを手がかりに積極的にアプローチし
やっと付き合うまでに至ったのは半年後。
その頃、社会人になったばかりの俺には、2つ年上の彼がとても大人に見えて
まさに、天にも昇る気分を過ごしていた。

同棲の誘いをして来たのは、彼だった。
大概のカップルが経験する紆余曲折を経て、やっと落ち着いてきた頃。
断る理由は無かったけれど、即答も出来なかった。
人生のパートナーとして、手を取り合って行けることは嬉しかったし
そんな機会が訪れること自体が奇跡みたいなものだという事は、よく知っていた。
ただ、同時に沸き上がる、喪失への不安。
彼と別れたら、彼を失ったら、俺はどうなるのか。
答を渋る俺を問い詰める彼に、その胸の内を明かした時、彼は俺を抱き締めて言った。
「大丈夫。その時は、オレと過ごした時間を思い出せ」
額に軽くキスをして呟いた言葉は、酷く優しかった。
「互いの辛さを癒せるような人生を、一緒に歩んで行こう」


ショッピングモールの中の飲食店は、昼時を過ぎたからか、何処も空いている。
「ホント、それ好きだよなぁ」
目の前に運ばれて来た、かき揚げ天ざるそばを見て、呆れたように晴彦が呟く。
「良いんだよ。美味いもん食わないと、損だろ?」
「そうだけど」
「・・・人のこと、言えないと思うけどね。そのチョイスは」
季節はもう春。
かき揚げの具にも、アスパラや春菊と言った春野菜が紛れるこの時分に
テーブルの向こうに置かれているのはカレー南蛮だった。
「汗かきながら食うのが、良いんじゃん」
「暑苦しいんだよ」
「じゃ、次からはあれにしておくわ」
そう言って、彼は壁に張られた一枚の紙に視線を移す。
「冷やし・・・カレー南蛮?」
「味の想像つかなくて、面白そうじゃね?」
「あれだな・・・ハルは、戦隊モノのヒーローでいったら、黄色だな」
「残念。オレは顔が良いから、赤一択だ」

一緒に飯を食べ始めても、食べ終わるのはいつも俺が後だ。
残り少なくなったそばをすする俺を見ながら、彼は問いかけた。
「そういや、いつからだっけ?教習所」
「ん?ああ・・・来週の土曜日が入所式」
「じゃ、夏くらいには、オレも運転手のお役御免になるんだな」
「そんなにすんなり取れるもんか?」
「よっぽどセンスが無かったら、分からねぇけど」

車が無くても困らない程度の街で生まれ育ったせいか、免許の必要性を感じたことは無かった。
強いて言えば、身分証明書が身近に無いということだけだろうか。
原付にさえ乗ったことの無い俺にしてみれば、激しい今更感。
今でも、休みの日にこうやって出かける時以外、車に乗ることは無い生活なのに
それでも免許を取ろうと思ったのは、3ヶ月前のある出来事がきっかけだった。

□ 37_明鏡 □   
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□ 46_治癒★ □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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