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自浄★(7/7)

下半身と上半身を二つに裂かれるような深い痛みが、休息を求めることを許さない。
その部分がどんな状態になっているのか、想像するのも怖かった。
無意識の内に、手が動く。
自分の手の感触が有り得ないほど近く感じる。
一撃で気を失ったのは、幸運だったのかも知れない。
幾度と無い衝撃を受け、裂けたスラックスの生地を触りながら、恐怖がぶり返す様だった。

俺の手の上に、彼の手が添えられた。
同僚の視線が、苦痛と屈辱をもたらす場所へ滑っていく。
「何でなんだよ」
誰に向かって吐いた言葉なのか、俺には分からなかった。
切なげな表情を浮かべる彼に、眼差しを向ける。
目が合った瞬間、彼は一つ溜め息をついて、呟いた。
「もっと、穏やかな生き方、出来るだろ?」

ダブルベッドに寝かされた俺の身体の隣に、同僚が横になる。
頬を撫でる手が、優しかった。
「もう、こんなこと、やめろよ」
真摯な表情が、心に刺さるようだった。
淡々とした生き方を望んできたはずなのに、いつの間にか卑しい激情に支配された身体。
激しい痛みと引き換えに解放されたにも関わらず、何故か虚しさが残る。
堕ちた心と身体の拠り所が無くなってしまったからだろうか。
まだ、心の奥底で被虐を求める気持ちが燻っているのかも知れない。
そんな気分が、面前の同僚から視線を外させる。

顔を包む手に僅かに力が入り、俺の顔は彼の方へ向けられる。
「奴がいなきゃ、ダメなのか?」
見下す視線、笑みを浮かべながら容赦なく身体をいたぶる表情。
思い出すだけで吐き気がするのに、忘れられない。
「お前に逃げる気が無いなら、オレが幾ら助けたくても意味無いだろ」
言葉を発することが出来ない口が、微かに開いた状態で震える。
「・・・諦めんなよ。必死でもがいてくれよ」


遮光カーテンの隙間から、光が差している。
身体半分が痺れるような感覚で目を覚ますと、同僚の身体が折り重なるように横たわっていた。
いつの間にか眠ってしまったのか。
起こさないように、そっとベッドを降りる。
痛みはまだ残っていたけれど、一先ず歩けるくらいには回復していた。

ユニットバスで自分の状態を確かめる。
身体中に残された赤い筋、腫れ上がっている片方の睾丸。
現実を直視しながら、状況を肯定できるほどの自信が湧いてこない。

不意に鳴らされたチャイムの音で、身体が固まった。
間を置いて数回。
その音で起きたらしい白鳥が、ユニットバスの中を覗き込み、虚ろな目で言った。
「オレが出るから、お前、そこにいろ」
しばらくすると、誰かの声が聞こえて来る。
それが、俺を未だに捕らえる声では無いことだけで、緊張の糸がほぐれる様だった。

「もうそろそろ、時間なんですけど」
「ちょっと激しすぎたみたいで、まだ相方が伸びてるんだよ」
「仕方無いなぁ・・・ま、延長料金さえ払ってくれれば、良いですけどね」
「じゃ、昼まで頼むよ」
「分かりました。前金で頂けます?」
金を渡すような音がした後、男が同僚に尋ねる。
「救急車とか、呼びませんよね?」
「そこまでじゃ、無いから」
「よくいるんですよ。加減が分からず、入院沙汰にする人が」
「・・・そう」
「それでもやめられないって言うんだから、ああ言う欲求は根が深いんですね」

ドアが閉まり、廊下を歩く音が近づいてくる。
俺の姿を再度認めた彼は、何処か安心したような顔を見せた。
「もう、平気か?」
「ああ、大分」
差し出された手を取り、ユニットバスから出る。
手を握ったまま、廊下で向かい合う。
はだけたワイシャツの隙間から、片方の手が入り込んできた。
「お前も、そうなの?」
「・・・何が?」
「奴も言ってたんだよ。こいつは、いつか必ずオレの所に戻って来る、って」
Tシャツの上から感じられる同僚の手の感触が、軽い痛みを伴いながら動いていく。
「必ず、濁った欲望が、また湧いて来るって」
「俺は・・・」
胸を撫でていた手が背中に回り、そのまま俺は彼の身体にぶつかるように抱き締められた。
「嘘でも良いから、有り得ないって言ってくれ」
彼の腕の力で、身体が軋む。
それでも、その想いが、嬉しかった。
重い腕を、密着する身体に回していく。
「大丈夫。俺は、諦めない」


白鳥の口利きで、俺は有村課長がいるゼネコンから他の会社の担当へ回された。
職場では離れてしまった元同僚との仲も、以前より深まった気がする。
不意に沸き上がる、くすんだ感情。
なかなか浄化されない心と身体に焦燥感を抱くこともあるけれど
少しずつ濾過され、いつか真水に戻る、その日を信じて進む。

□ 32_自浄★ □   
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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