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自浄★(5/7)

俺の全てを拘束していた男は、俺の身体に手を伸ばす事無く、部屋を出て行った。
途方に暮れている暇は無かった。
苦しそうに喘ぐ同僚を、束縛から解放していく。
立つことも出来ない力の抜けた身体を背負い、ユニットバスまで引き摺る。
床に座らせ、所業の跡を、丁寧に洗い流して行った。
虚ろな目をした彼は、ただ黙ってそれを受け入れる。
心まで壊されてしまったように見えて、居た堪れなかった。

「口、開けて」
腫れ上がった唇が僅かに開くと、中から赤みがかった白い液体がこぼれ出た。
顔を殴られた際に、口の中も切ったのだろう。
液体はやがて白さを失い、赤一色になった。
「沁みるだろうけど・・・ちょっと我慢しろよ」
躊躇いながら、指を口に差し入れた。
シャワーから出てくる湯を流し込み、口の中を洗い流す。
眉間に浅い皺を作るだけの彼の顔を見て、急に込み上げてくるものが抑えられなかった。
「ごめん・・・本当に、申し訳無い」

闇に包まれた彼の目が、俺の方へ向き返る。
「何なんだよ・・・一体」
力の無い声は、憎しみに満ちていた。
「何なんだよ・・・あいつも、お前も」
床に跳ね上がる水が、俺のスーツを濡らす。
怒りと侮蔑に震える視線を受け止めながら、身体と心が硬直していく思いだった。
「全部、聞かされたよ。お前と、奴のこと」
「え・・・」
「おっさんとSMやって、売り上げ伸ばそうって?最悪だな」
「それは・・・」
「気持ち悪いんだよ。二人でやってろよ。・・・オレを、巻き込むな」
言葉を失った俺を傍目に、彼はよろよろと立ち上がる。
「オレ、もう、お前のこと、同僚としては見られない」
そう言って、ふらつく足でユニットバスから出て行った。
同僚から告げられる、芯からの拒絶。
どんなに足掻いても、この絶望から逃れることは出来なかった。

擦り切れたワイシャツを乱雑にズボンに押し込み、上着を羽織る。
その姿を視界の端に収めたまま、俺は部屋の隅に立ち尽くす。
床に放られているネクタイを拾い上げた同僚が、俺を一瞥し、動きを止めた。
「奴に伝えろ。オレは、こう言う趣味は、これっぽっちも無いって」
蹴飛ばされた鞭が宙を舞い、重い音を立てながら床に落ちる。
「・・・お前は、好きなんだってな。ホント、どうかしてる」


逃げることは、諦めた。
縋る所の無い心は、落ちていくだけだった。
同僚が他の部署に転属を希望しているという話を聞いたのは、人づてだった。
生きていく為に働く。
そんな当たり前のことにすら、疑問を抱くようになっていた。
このまま全てから逃げることが出来たら、どんなに楽だろう。

有村課長からの呼び出しがあったのは、同僚の異動が決まってすぐのこと。
広い打合せ室の片隅で、俺は別人を装う彼を目の前にする。
「白鳥君は、営業やめるそうだね」
一体何処から聞いてきたのか。
楽しそうに話す声に、不快感が募る。
押し黙る俺に、彼は釘を刺す。
「君も、片棒担いだのは、分かってるだろ?」
悔しさで、身体が震えた。
「私は・・・そんなつもりは・・・」
意味有りげな笑みを浮かべたまま、彼は手元の資料に時間を書き込んだ。
それは、被虐の一時への誘い。
「そろそろ疼いてるんじゃないのか?」
目を伏せた俺の顎に、軽く手を添える。
「ま、君がどう思っていようが関係ないけどね。オレが、君に鞭を入れたいだけだ」

俺がここで拒絶すれば、お得意様を丸々失うことになる。
同僚にどんなに軽蔑されようとも、それは曲げられない事実だった。
風評を広げられる可能性も、考えられる。
全く性欲の無くなった身体は、理性で雁字搦めになっている。
絶望を引き摺りながら、彼の咎を受け入れる他に、道は無かった。


自制心を飛ばす方法が分からない。
ワイシャツの上から打たれる鞭の刺激は、衣服との摩擦が加わり、熱く痛む。
歯を食いしばろうにも、苦痛で震えてカチカチと音を鳴らすだけだった。
乾いた悲鳴を幾ら上げても、痛みが快感に変わることは無かった。
同僚が受けた責め苦。
それを今、俺も、被っている。

振り上げた彼の手が、不意に止まる。
乱雑に床に落ちた俺の上着の中で、携帯の着信を知らせる振動が起こっていた。
それを拾い上げ、発信元を認めた彼は、躊躇無く電話に出る。
「久しぶりだね。白鳥君」
口角を上げながら俺を見る表情は、まるで悪魔のようだった。

□ 32_自浄★ □   
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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