籠絡★(6/10)
サボテンが少し大きくなったように見えたのは、きっと気のせいだろう。
あの時と比べると、部屋の中は随分雑然としていた。
女を呼ぶのを止めたから、彼は笑ってその理由を話した。
促されるままに、俺はソファに腰を下ろす。
上着もそのままに隣に座った彼の顔が、すぐ目の前まで迫ってくる。
けれど、唇が触れ合うか、触れ合わないかの距離から、その隙間が縮まることはなかった。
「言った通り、今日は、何もしないよ?」
戸惑う俺に、彼は優しい口調で続ける。
「でも、君がして欲しいことを言ってくれれば、何でもする」
「・・・え?」
「オレは、君の気持ちが読める訳じゃ無い」
眼鏡の奥の目が、ふと切なげな光を宿す。
「素直に言ってくれなきゃ、分からないよ。君が、本当は何を望んでいるのか」
あの夜の質問以降、俺は自分の気持ちを彼に話すことは殆ど無かった。
ゲイ故の、受け身な恋。
何かを求めることで、全てを失ってしまう気がしていた。
彼との日常を過ごす中で、この関係に何処か妥協してしまったところがあったかも知れない。
それなのに、俺は何処かで、彼に悟って欲しいと思う気持ちがあった。
何も言えないまま、為すがままに流されて来た結果が、互いを戸惑わせている。
「加納君、オレのこと、まだ、好き?」
真っ直ぐな視線が、心に刺さった。
諦めの気持ちは、彼への想いまで歪めてしまったのだろうか。
その問いに、すぐには答えが出せなかった。
「正直、嫌悪感も、違和感もあるんだ」
男に想いを寄せられる男の気持ちを、彼はそう表現した。
「だから、君を試すようなこともした。なのに、君は、何も言わない」
彼の手が俺の肩に乗り、距離が更に近くなる。
冷静さを欠いた吐息が、顔を火照らせた。
「オレが女とキスしても、切ない顔をするだけだったしね」
「それは・・・」
「男同士って、そんなもの?」
「そういう訳じゃ」
「・・・やめてくれって、言われるのを待っていたような気もする」
何度も思った。
嫉妬に駆られながら、けれど、彼が女とキスをするのは、日常。
俺と彼との相違を実感しながら、自分にそう言い聞かせてきた。
それなのに。
「キスしてくれって言っても、オレは目の前から消えたりしないよ?」
重ねられるのを待つだけの唇、手を伸ばされるのを待つだけの身体。
そのしがらみを振り切るように、彼の腕に手を添える。
微かに震えている腕の感触が、俺の気持ちを目覚めさせてくれた。
俺は、彼が好きだ。
こんな関係は、もう、耐えられない。
「・・・キスして、下さい」
首を傾げた顔が近づいてきて、柔らかな感触が唇に纏う。
触れ合っては離れを何回か繰り返した後、彼の舌が軽く唇をなぞった。
自分の舌を差し出し、触れ合わせる。
荒い息が身体を昂ぶらせ、首に絡みつく腕の力が強くなった。
ぎこちなく動く物体を、味わうようにじっくり舐る。
奉仕の合図じゃない、自らが望んだ口づけ。
歪んだ視界の奥に映る男に、飲み込まれていくような感覚に見舞われていた。
長い長いキスの後、俺は彼に一つの問いかけをする。
「稲葉さんは・・・俺のこと、どう思ってるんですか」
答えが返ってくるまでの一瞬の不安が、柔らかな眼差しに融かされた。
「オレが抱いている感情が、恋愛感情かどうか、自分でもはっきりしないんだ。でも・・・」
彼は俺の手を取り、自らの頬に押し付ける。
「君の望むことを、してあげたいと思ってる」
「望む、こと?」
「男が男に求めることが、オレには分からない。だから、君に手を引いて貰いたいんだ」
彼の後ろをついていくだけで満足していた自分。
経験の無い感情に惑う彼を正面から見ることもなく、気が付かないまま時間だけが過ぎていた。
徐々に熱を帯びてくる顔の表情が、ふと緩む。
「オレが、今、して欲しいと思ってること、してくれる?」
この恋に落ちていいのか、戸惑う気持ちが、細くなった目に背中を押される。
俺は、彼の手を引くべく、再び唇を重ねた。
□ 30_籠絡★ □
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あの時と比べると、部屋の中は随分雑然としていた。
女を呼ぶのを止めたから、彼は笑ってその理由を話した。
促されるままに、俺はソファに腰を下ろす。
上着もそのままに隣に座った彼の顔が、すぐ目の前まで迫ってくる。
けれど、唇が触れ合うか、触れ合わないかの距離から、その隙間が縮まることはなかった。
「言った通り、今日は、何もしないよ?」
戸惑う俺に、彼は優しい口調で続ける。
「でも、君がして欲しいことを言ってくれれば、何でもする」
「・・・え?」
「オレは、君の気持ちが読める訳じゃ無い」
眼鏡の奥の目が、ふと切なげな光を宿す。
「素直に言ってくれなきゃ、分からないよ。君が、本当は何を望んでいるのか」
あの夜の質問以降、俺は自分の気持ちを彼に話すことは殆ど無かった。
ゲイ故の、受け身な恋。
何かを求めることで、全てを失ってしまう気がしていた。
彼との日常を過ごす中で、この関係に何処か妥協してしまったところがあったかも知れない。
それなのに、俺は何処かで、彼に悟って欲しいと思う気持ちがあった。
何も言えないまま、為すがままに流されて来た結果が、互いを戸惑わせている。
「加納君、オレのこと、まだ、好き?」
真っ直ぐな視線が、心に刺さった。
諦めの気持ちは、彼への想いまで歪めてしまったのだろうか。
その問いに、すぐには答えが出せなかった。
「正直、嫌悪感も、違和感もあるんだ」
男に想いを寄せられる男の気持ちを、彼はそう表現した。
「だから、君を試すようなこともした。なのに、君は、何も言わない」
彼の手が俺の肩に乗り、距離が更に近くなる。
冷静さを欠いた吐息が、顔を火照らせた。
「オレが女とキスしても、切ない顔をするだけだったしね」
「それは・・・」
「男同士って、そんなもの?」
「そういう訳じゃ」
「・・・やめてくれって、言われるのを待っていたような気もする」
何度も思った。
嫉妬に駆られながら、けれど、彼が女とキスをするのは、日常。
俺と彼との相違を実感しながら、自分にそう言い聞かせてきた。
それなのに。
「キスしてくれって言っても、オレは目の前から消えたりしないよ?」
重ねられるのを待つだけの唇、手を伸ばされるのを待つだけの身体。
そのしがらみを振り切るように、彼の腕に手を添える。
微かに震えている腕の感触が、俺の気持ちを目覚めさせてくれた。
俺は、彼が好きだ。
こんな関係は、もう、耐えられない。
「・・・キスして、下さい」
首を傾げた顔が近づいてきて、柔らかな感触が唇に纏う。
触れ合っては離れを何回か繰り返した後、彼の舌が軽く唇をなぞった。
自分の舌を差し出し、触れ合わせる。
荒い息が身体を昂ぶらせ、首に絡みつく腕の力が強くなった。
ぎこちなく動く物体を、味わうようにじっくり舐る。
奉仕の合図じゃない、自らが望んだ口づけ。
歪んだ視界の奥に映る男に、飲み込まれていくような感覚に見舞われていた。
長い長いキスの後、俺は彼に一つの問いかけをする。
「稲葉さんは・・・俺のこと、どう思ってるんですか」
答えが返ってくるまでの一瞬の不安が、柔らかな眼差しに融かされた。
「オレが抱いている感情が、恋愛感情かどうか、自分でもはっきりしないんだ。でも・・・」
彼は俺の手を取り、自らの頬に押し付ける。
「君の望むことを、してあげたいと思ってる」
「望む、こと?」
「男が男に求めることが、オレには分からない。だから、君に手を引いて貰いたいんだ」
彼の後ろをついていくだけで満足していた自分。
経験の無い感情に惑う彼を正面から見ることもなく、気が付かないまま時間だけが過ぎていた。
徐々に熱を帯びてくる顔の表情が、ふと緩む。
「オレが、今、して欲しいと思ってること、してくれる?」
この恋に落ちていいのか、戸惑う気持ちが、細くなった目に背中を押される。
俺は、彼の手を引くべく、再び唇を重ねた。
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